開かずの扉は、実は開けずの扉だった。  今となっては、僕の機械音痴を嘆くだけだが、逆にどうしてその一瞬だけ勇気を持って挑戦してみようと思ったのか分からない。薬剤師根性が芽生えたのか、何かが降臨したのか分からないが、意を決してみればなんでもないことだった。  漢方薬の調剤には、なるべく古い機械がいい。だから僕はアンテナを張って、古い機械が市場に出るのを見張っている。今僕が使っているのは、ある廃業を決意した薬局から譲り受けたものだ。古くて重くて、なんらいいところはないが、漢方薬を調剤する者にとって、シンプルと言う最大の長所がある。そして安いという絶対条件もある。と言うのは漢方薬は一度に飲む量が多いから、新薬のために出来ている機械ではなかなか分包しきれない。昔の機械だったら、精密にできていないから、ぎりぎり詰めても機械が壊れない。最新式のものだったら、コンピューター制御だからすぐに壊れてしまう。壊れればベンツが買える位のものだから、大変な出費だ。せめて10年くらい持ってもらわないと元が取れない。片や、譲り受ける機械なら、お礼は片手ですむ。これなら毎年壊れても立ち直れるし、逆にシンプルな造りのものはなかなか壊れない。  シンプルだから、機械の掃除も簡単だ。備え付けの掃除機で吸引するだけでいい。ただ、機械の裏側には、製造業者以外触らないで下さいという一角があり、もう何年その部分を覗いていない。恐らく前の持ち主もそこは絶対触れなかったのではないか。古いながらもそこは機械の心臓部らしい。ただ、大量の漢方薬を調剤するので他の部分と同じように、漢方薬の粉塵が届いているはずだ。板で覆われているが、熱を逃がすための穴は数箇所に開いてある。20年やそこら使ってきているから、その小さな穴を潜り抜けている漢方薬もあるはずだ。何故かその中を覗いて、もし粉塵に覆われていたらきれいにしてみたいと思ったのだ。  何度かそのようなことを考えたことはあるが、面倒を超える強い意志はもてなかった。ただ今回は明らかに、開けてみたいという欲望が勝った。  意外と簡単に背中部分に当たる金属板をはずすことが出来た。なるほど中には心臓部となるべく配線が張り巡らされていた。そして案の定外部から漢方薬のエキスが進入し、所々に小さな山が築かれていた。そして張り巡らされたコード、それは束にされているものが多かったが、に漢方薬の粉がまつわりついていた。それを僕はスタッフにきれいにするように頼んだ。2人係で色々工夫をしながら丁寧に汚れを取ってくれていたが、束ねられたコードの間に漢方薬が入りこんでいたり、コードの下に溜まっていたりで、なかなかきれいにならない。思案しながら頑張っている二人に娘婿がキンチョールみたいなものを持ってきた。僕は初めて見たのだが、スプレーを噴射すると、風圧でさっきまでこびりついていた漢方薬の残渣や隠れていたゴミが飛び散った。スタッフはえらく喜んでいた。僕はえらく驚いた。大掛かりにすればそのまま工事現場で使えそうだが、恐らく事実は逆で、工事現場のものを家庭用に小さくしたのだろう。こんな製品があることに驚いたし、こんな製品をちゃんと我が家に用意していたことにも驚いた。  かくして手付かずだった場所がきれいになった。触ってはいけない、外してはいけないという先入観で全く触れなかった場所が扉を開いた。ちょっとしたひらめきや行動力が扉を開けてくれる。誰でも、どんな目的でもちょっと手を伸ばして見ることが大切なことを学んだ。