誠実

 初対面なのに「腰はもうよくなりましたか?」と尋ねられた。そんなに僕は有名ではないからどうして知っているのだろうと思ったが、ちょうど2週間前に初めて処方箋を持ってきた女性だった。産後の不調をうつ病と診断され、その種の治療を受けて、勿論全く改善していない人だ。  産後すぐ動いた方はかなりの確率で、体調不良に陥る。身も心も弱ってしまうことが多い。そんな時、不調を訴えればうつ病の診断さえ下りてしまう。ところが実際は漢方的に言うと静脈血の滞りや自律神経のアンバランスだから、その種のお決まりの漢方薬で全て(レポート用紙1枚分症状を列記していた)改善する。丁度僕がぎっくり腰になった日に、息子に診て貰い、娘が調剤したらしい。  2週間後に僕がその女性の前に現れたってことだ。2週間前の苦痛を10とすると4になったと報告してくれた。具体的に教えてくれたのだが印象に残ったことがある。それは今まで訪ねた病院では必ず「心の病気はあなたが悪い あなたの考え方が悪い 自分で作っている 考え方を変えないといけない・・・・」などと、必ず責められたのだそうだ。ところが生まれて初めて「あなたが悪いのではなく、あなたの苦痛を取り除くのは私たちの仕事です」と言われたらしい。「医療関係の人に責められなかったのは初めてです」とも言った。僕はそんなに格好いいことを言うのは息子ではないから、院長先生が言われたのかと思ったら大和先生ですと教えてくれた。そしてうれしいことに「処方箋を持ってきたときに、妹さんからも同じことを言われたんです」と教えてくれた。  40年近く漢方薬を中心に仕事をしてきたことが報われたと思った。病院では決して解決できない不調を漢方薬なら解決できることが間々ある。そうした隙間を誠実に埋めることを生きがいに勉強してきたが、その精神は確実に2人に伝わっていたんだと思った。普段一緒に暮らしていると、ほとんど邪魔者扱いだが、精神(困っている人の役に立つ)だけは受け継いでくれていたんだと思った。これで本当にいつ辞めてもいいんだと思えた。  高校入学とともに2人とも親元を離れてそれっきりだから、多感な青春時代を2人がどう生き、どんな価値観を手にしたのか分からないが、最低限のことは身につけていてくれたんだろう。僕等世代のかなりの人が青年期に手にした価値観、強きを憎み弱きのお役に立つを現代で実践するのは難しいかもしれないし、その強要は勿論出来ないが、ほんの少しだけ似てくれているところがあって・・・よかった。