職業人

 施設の午後4時辺りがどのような時間帯になるのか正確には知らないが、今日訪ねると、母はリハビリの先生の指導の下に歩行訓練を終えたところで、気持ちよさそうに眠っていた。それなりに疲れて眠りについたのだろう、深い眠りだった。ベッドの隅に腰掛けて足をマッサージしたのだが、いつもなら強くもむと顔をしかめたりするのだが、今日は全くなかった。だから僕は黙ってもみ続けたのだが、その間に施設の職員と入居者のやり取りを聞くことができた。聞き耳を立てていたわけではないが。仕切りのために設けられたカーテンで、僕の存在が分からなかったのかもしれないが、余所行きではないやり取りを20分くらい聞いていた。  入居者の部屋がホールを囲むように設置されていて、安全のために部屋の中はホールから見えるようになっている。部屋のドアは全て取り払われている。カーテンが仕切り代わりに使われているだけだ。僕が訪ねるといつも職員達は笑顔で応対してくれて、腰掛を部屋に持ってきてくれる。母に対しても優しく応対してくれている。ただ、それは母が痴呆でも本来的なやさしさや礼儀をを失っていないからだ。今でも人を見れば必ず挨拶をする。何かをしてもらえばお礼を言う。正に人格は全く破壊されていないのだ。だから誰にでも礼を失することはない。そのおかげだろうが、とても丁寧に尊厳を傷つけないように扱ってもらっている。だから僕の家族は全く不満がない。  それに比べて・・・となればドラマのようで興味深いのだろうが、僕の存在に気がつかなくても、自然な対応が出来ているように思った。と言うのは、取り繕ったような馬鹿丁寧な扱いや言葉使いはなく、かといって蔑視したような言葉も扱いもなかった。当然痴呆相手の仕事だから忍耐は必要だろうが、しっかり否定するところは否定し、時には命令を下すような言葉もあり、毅然とした態度のときもあった。家族がいつも優しくなど全くできていないのに、施設の人にそれを期待するなどと虫のいいことは考えていない。計算されつくしたような不自然さではなく、他人が接することが出来る範囲の最良の接し方で十分だ。職業人として接することが出来る範囲で最良なら十分だ。例えば僕が出来る優しさの10倍も施設の人がしてくれたら、家族として立つ瀬がない。申し訳なさも半端ではないだろう。だから聞こえてくる完全ではない言葉遣いや対処の仕方が、むしろ姥捨てにした家族を救っているように思えた。