車輪

 「これでも中学校の時は車輪くらい出来ていたんじゃけど」という会話を聞いて、タイヤが出来る?なんて理解する人は潜りだ。少年時代の昭和の香りを理解できない人達だ。僕達が車輪といった場合は、鉄棒の大車輪か逆車輪のことだ。  小学校の高学年になると、休み時間には鉄棒をしていた。それも高い鉄棒でだ。逆車輪は、鉄棒の上で倒立して前に回ることで、大車輪は後ろに回る種目だ。逆車輪の方が簡単で、大車輪まで出来るようになる人は、学年で山1人か2人だった。小学校でそのレベルまで達した人は、高校時代は体操部に入って結構インターハイや国体で活躍している。僕の友人の法務局に2回出張した彼も、実はその道のプロで、大学までやり通したから、知り合いにオリンピック選手までいる。  話はそれたが、冒頭の言葉を吐いた人は、どこにもその面影が残っていないからはったりのように聞こえる。ただ、この町では実業家でボランティア活動も盛んにやっているような人だから、嘘をつくような人ではない。未だ三桁の体重はないだろうが、もう少し頑張れば大台にでも乗りそうだ。そんな人でも昔、車輪が出来ていたなんて言うから、こちらは安心して肉体の衰えを受け入れられる。  そう言えば最近口笛を上手く吹くことが出来ないことに気がついた。まるで楽器のように吹けていたのに、音楽にならない。歯が一本欠けたからそこから空気が漏れて音になりにくいのかどうか分からないが、吹けないことを受け入れるのに随分と覚悟がいった。出来ないことを一つ一つ突きつけられてこれからは生きていかなければならないのか。下り坂の向こうに終点が少しずつ顔を見せ始めた。