命がけ

 人は本心と違うことを口に出す時にどうやら大袈裟な表現を使うらしい。政治家なんかはその代表みたいな存在で、良くもあんな事を言って平気でおれるなって感心する。面の皮の厚さは尋常ではない。そのくらいでないとあの世界は渡っていけないのだろうが、やはり嘘は良くないし、はったりも良くない。 流行りなのかどうか分からないが最近やたら「命がけ」って言葉を耳にする。命をかけてするほどのものとは到底思えないものでもその言葉が踊る。自分だけが力んでいて、聞き手は北極くらい冷めている。「命がけ」の割には見るからに幸せそうな顔をしているし緊迫感がない。ひょっとしたら、「命がけ」は相手に強いているのかもしれない。自分が命がけで何かをやり遂げるのではなく、あなたが命がけで我慢してください、命がけで犠牲になって下さいと言っているように聞こえる。偉い人は色々な安全装置で守られているから、命の長らえは保証されているようなものだ。命がけと言って、命を本当に削った人を見たことがない。本当に命がけで頑張る人は自分でそんな言葉を使わないものだ。はったりや後ろめたさがあるときに限って大袈裟な言葉を使う。  そもそも人生で「命がけ」で臨まなければならない状況なんかそんなにある筈がない。本当に命がけなのは何かをなそうとするときではなく、何かから逃げるときだ。物理的な危険、精神的な重荷から逃げるときだけが「命がけ」だ。命がけで逃げるのだ。ここ一番で何度も「命がけで」逃げ出した常習犯の僕が言うのだから間違いない。