エール

 薬剤師の風上にも置けないと言われても仕方がない。思った通りを言ったまでだ。 牛窓に帰ってきた頃からやたら彼女に保険を勧められ、その熱心さに一度は加入した。30歳頃から漢方薬を本格的に勉強をし始めた僕の実験台になってくれた初期の頃の人だ。その当時すでに離婚して一人で頑張っていたから、結構成績も良かったのではないか。今も70歳を越えて現役でセールスをやっているのだから大したものだ。厚化粧で若作り、大きな車に乗って今でも毎月漢方薬を取りに来る。そうしてみると漢方薬も30年近く飲んでいることになるから、余程安全だという事が分かる。それはさておき、その彼女が禁煙をしたと言うから驚いた。70歳を越えて何で禁煙したのか尋ねたらお嬢さんが体に悪いから止めろと言ったらしい。何を今更と思ったので「これだけ吸ってきて元気なんだから、身体に合っていると言うことだろう。そもそもその年で煙草が吸えるのだから余程元気なんだよ、僕なんか30過ぎで吸えなくなったんだから。自信を持ってもう一度吸ったら!」 ここで冒頭の言葉が彼女の口から出たのだ。勿論彼女も笑っている。「なにを言っているの、必死で辞めたのに」と、僕の口車にはどうやら乗りそうにもない。ただ、僕が言った「煙草が吸えるくらい元気」はまんざら嘘ではないのだ。僕は煙草をプカプカ吸っている人を羨望の眼差しで見ている。何であんな毒を吸って元気なんだと、不思議でならない。余程の体力がないとおいしくは吸えない。現に彼女も煙草のおいしさで体調を判断していたと言うから、まんざら僕の考えも見当違いではないだろう。  大きな車に乗り、厚化粧で煙草を吹かしている姿は格好いい。煙草も吸わず堅気の世界に戻っては単なる老人になってしまう。さすがにそこまでは言えなかったが、一人で何十年も頑張った彼女に対する僕なりのエールだったのだ。いきものがかりのように強く優しく歌い上げることは出来ないけれど、できものがかりか、はれものがかりくらいのエールなら僕にも送れる。