文学少女

 何処の薬局でも同じかもしれないが、患者さんに待ってもらう負担を少しでも軽くする工夫は永遠のテーマだ。特に僕の薬局の場合、初めて相談に来られた方の煎じ薬を作る場合はかなり待ってもらうことになる。色々知恵を絞って工夫しているが、時に文庫本を持ち込みで読書にふけってくれる人がいる。そう言ったタイプは全員が女性で、調剤室から目をやると文学少女がそのまま大人になったような光景だ。なかなかその光景は感激もので「薬が出来たよ」なんて野暮な声はかけにくくなる。緑の木陰で、鳥の声を聞きながらとはいかないが、ジャズが流れ、コーヒーの香りが漂うようにはしている。  嘗て学生だった頃、たった1杯のコーヒーで何時間もねばり、薄暗い照明の中で文庫本を漁るように読んでいた。僕の能力では難しすぎた本だったかもしれないが、難解な文をとにかく読み切ることが目的だったような気もする。それらの本から得た知識がどのくらいのものかも分からないし、何かの役に立ったのかも定かではないが、自分が喫茶店の中で文庫本を開いていた時間は、大学では授業が行われていた時間だ。入学して3日で萎えた僕の心は、以来大学からの逃避行のようなものだった。大学と完全に手を切る勇気はなく、安全地帯だけはちゃっかり確保していた。そう言った青春を否定することはしないが、意味のない5年間だったようにも思える。さりとて何が他に出来たかというと、今になってもなにも思いつかない。最終学歴で躓いて結局はそれ以前の全てを失ったような気もする。  皮肉なもので今若者の多くと知り合いお世話させてもらっているが、嘗ての僕と同じ轍を踏まないようにと祈るばかりだ。ただ一つ救われたのは、僕が逃げ込んだ場所が理解できなかったまでも本の中だたって事だろうか。その逃げ場所が違っていたら、ひょっとしたらそれ以前どころか、それ以後も全て失っていたかもしれない。  文学少女の横顔を見ながら、見るも哀れなうさんくさい当時の僕を思い出した。