こう言うのをなんて言うのだろう。共食いではなく、共聴きか。  インターネットで見つけてとても楽しみにしていた。ただ、ちょっと変わっていて、ファンクラブ用の前売り券が売れ残った場合に限って、当日無料で入場できる。出るときに、カンパをすればいいとホームページには書かれていた。ユーチューブなどで何度もその演奏を聴いていたから、まさか当日券が残っているなどと思わなかったが、恥を覚悟で岡山市民会館まで行き、受付の人に「入れますか?」と尋ねた。するととても気持ちよくチケットを渡され、念願の「倭yamato」と言う和太鼓集団の演奏が聴けることになった。と言っても、僕は倭をやまとと読むことを知らなくて、会場に入ってパンフレットをもらうまで「わ」と呼んでいた。  世界53カ国で演奏しているプロだけあって、観客を楽しませる、観客と一体化することにとても長けていた。最初、パフォーマンスに参加させられることに照れていた観客も、途中から、全員がノリノリで楽しんでいた。勿論僕も何の照れもなく、パフォーマンスのパーツになりきった。  10数人の、比較的人数が少ないメンバーだったが、迫力も緻密さも申し分なく、鍛えればこんなことまで出来るのかと、まるでスポーツ選手を賞賛するかのような表現で、彼らを讃えたかった。僕が今日一つだけ彼らのことを表現するなら、2本のバチがあまりの早さで打ち下ろされるから、残像がまるでフラッグを振られているように見えることだ。線が面になるのだ。これには驚いた。一体1秒間にどのくらいの音を出すことが出来るのか分からないが、恐らくそれは想像を絶する数だと思う。素人には決して出来ないことだ。結成20周年を記念しての全国ツアーらしいから、少なくともメンバーの中心人物は20年はバチを打ち続けているのだろう。まるで格闘家のような腕の筋肉がそれを物語っている。  僕は2時間、日本人であることの誇りみたいなのを感じていた。青年達の情熱も信頼した。ただ、僕ら庶民がこの国を誇りに思うのと、胡散臭い政治屋どもが口にする誇りが、まるで異なるものだと言うことは知っている。