無機質

 会社の好意で、「体がもつ時間だけでいいから来てくれ」と言われありがたがって復帰したが、今ひとつ体調は優れない。雨が降る前後は特に最悪らしい。仕事から帰るとそのまま寝てしまうのだそうだ。母親はそんな息子を心配して、もう仕事を辞めてもよいと決断を促すのだが、真面目な彼にはそうした選択肢はないらしい。  本来体には恵まれているから、病気で倒れるまでは、文句一つ言わず残業をこなしていた。ところが遂に体が悲鳴を上げて倒れてしまった。本来なら目に見える後遺症が出てもおかしくないのだが、若いからだろうか、外見では判断できない。しかしなんとも言えぬ苦痛と戦っているらしくて、それが証拠に車には全く乗らない。運転する自信がまだ無いらしい。  母親は息子が復職して以来携帯電話を片時もはなさない。何かあったらすぐに電話をするように、そしてすぐに迎えに行くからと言い聞かせているらしい。バタンキュウで帰宅後布団に直行する姿を見て、家中が暗い。時に夕食を食べてくれたりするとそれだけで家中が明るくなる。  こんな話を息子さんの代理で漢方薬を取りに来たときにして帰った。どうしてあの若さで後遺症が残るような病気になったのか、母親としては歯がゆくて仕方ないだろう。どうして自分の息子が選ばれたのか歯がゆくて仕方ないだろう。その思いを吐き出すところがないから僕の薬局で遠慮気味に吐き出して帰るのだろう。母が子を思う心は痛いほど分かる。息子がどんなに大きくなっても母親の愛情がそれで変わるものではない。変わらぬ愛情を注ぎ続けていることは、どのお母さんを見ても分かる。受け入れがたい現実を受け止めて、必死の思いで生きている母親も見る。願わくばそうした人が出ないことを願うが、世が常に公平であるとは限らない。僕は寄り添うことは出来ないから、せめて話だけでも聞いてあげられるように、薬局の中を無機質にしないことだけは心がけている。