真顔

 今頃は怒り心頭、火を噴いているかもしれない。 折角年末年始の休暇に入っているのに、岩田天心堂の専務に大変なお願いをした。昨日かの国の来日したばかりの女性がそれぞれパソコンを買った。ビックカメラまでは連れていってあげたのだが、なにぶん全くパソコンが分からないから、初期設定やかの国の言葉で使うようにまではしてあげれない。そこでいつも困ったときには岩田天心堂の専務に頼むことにしている。 夕方、専務がやってきてくれた。丁度そのとき薬局内には時々漢方の勉強に来る薬剤師がいた。一度だけ二人は僕の薬局で会っているから面識はある。薬剤師はすぐに彼が誰だかわかったようだが、専務の方は首を傾げたままだ。僕が悪戯に「○○○○人のリーさんです」と紹介すると、彼は嘗て僕が一度パソコンのことで○○○○人の所に連れていったことがあるから「そうですよね、一度お目にかかったことがあるのは分かるのですが、名前まではどうも」と申し訳なさそうな顔をした。薬剤師は吹き出しそうになるのを我慢して、口に手を当てたまま笑い続けた。それを見て専務は尚「ごめんなさい、○○○○の方って言うのは分かるんですが、大勢いらしたのですいません」とまだ謝っている。専務は本当に困っているようだったので、もう限界だと思って「この方は時々勉強に来る薬剤師さんだよ」と種明かしをすると、まるでドッキリカメラの結末のように、照れ笑いをした。 専務は薬剤師の顔を見て以上のようなリアクションをしたのだから、見るからに○○○○人に見えたのだろう。別に○○○○人に見えることが屈辱ではないし、いや寧ろ美人も結構いるし、飾り気のない、いや、飾るのがまだ下手な女性は白人なんかより輝いて見えることも多いから誉れでもあるのだろうが、やはり日本人に見えなかったことはショックかもしれない。ただ薬剤師はとても奥ゆかしい出来た人だから、包容力のある優しさで専務の踏んだ地雷の処理をしてあげていた。  ようやく全てを思い出し謝った専務も、そしてそれを楽しんだ僕も薬剤師も楽しい時間を過ごした。ただ専務が帰り際に「あの薬剤師さんは○○○○人だったのですか?」と真顔で聞いたのが未だ気にかかる。