支障

 えらい遠慮気味に言うから何を言い出すのかと思ったら、やはり遠慮気味に言うべきことだった。  ある難治性のトラブルで通ってきてくれていて、運良くそれはかなり改善してゴールも近いのかと思わせる女性が「先生又、以前のように戻ったな」と言った。何が以前のように戻ったのか分からなかったが、女性が髪を撫でるような仕草をしたので、僕の髪が伸びたことを言っているのが分かった。「前の方がいいんじゃない」とか「前の方が似合っている」とやんわりと今を否定してくれる。「そうなんじゃ、面倒くさくて散髪に長い間行っていないから、もう僕の髪はボサノバじゃ」と答えると「短い方が何となく品があるよなあ」とか「薬局じゃから、やっぱり清潔なほうがいいわな」とか、少しずつ言いたいことに迫ってくる。「自分でもうっとうしいんじゃけれど、若い時からの癖であんまり散髪屋さんには行かないんじゃ」なんとかうっちゃりをと考えたが、若い時ならいざ知らず、今は自分でも汚くて不潔に見える。この格好が営業上どのような支障になっているのか分からないが、好ましくないことは分かる。ただ僕は当初から田舎で薬局が存在し続けられるのは実績しかないと考えていたから、ほとんど外観は無視してきた。それを少しは補ってくれる若さという援軍もあったが、今はそれもない。 ただの無精では孤立無援の四面楚歌。  よし、明日は髪をカットして、洋服の青山で半額セールのスーツを買い、爪にネールを施して「第九」聴きに行くぞ。1年待っていたんだから。