恐怖

 開店と同時に飛び込んで来るから何があったのかと思うが、本人にとっては大変なことがあったのだ。ただ僕にとっては日常良く遭遇する皮膚病で、一刻を争うようには見えなかった。一刻を争うようなものなら、発症の日から悪化の一途を辿っているはずだが、もう枯れてきているものもあるという。頼みもしないのに、患部を服をはだけて見せてくれたが、恐らく毒蛾か何かだろう。田舎ではよく見る皮膚病変だ。 不思議なくらい慌てていて、又僕の見解を述べると不思議なくらい安心したのには訳があった。本人が教えてくれたのだが、周りの人がそんなに身体中にブツブツが出来るのは癌かもしれないと心配してくれたのだそうだ。周りの人というのが一体どんな人かわからないが、帰るまで数回「最近、回りで癌になる人が異常に多いんよ」と繰り返した。正確には忘れたが、ほぼ国民の2人に1人は癌になる(生涯を通して)ご時世だから、回りに癌になる人が多くても不思議ではないのだろうが、気になりだしたらそれが増幅して洪水のように思いこんでしまうのが人の常だから、たかが皮膚病の、それもある瞬間に一度に発症したものであっても、癌と思ってしまうのだろう。それ程癌がいまでも怖い病気と認識されているのだろう。まして恐らくその女性は60歳を優に超えているだろうから、回りに一気に増えたのも分かる。 人は皆大なり小なり恐怖を抱いて生きている。その恐怖を意図するかしないかは別として増幅させる存在もいるし、癒してくれる人達もいる。出来れば生涯を通じて後者でありたい。さもないと自責の恐怖にさらされ続けることになる。これからはなかなか逃れられない。自分の心の中に陣取っているのだから。