相手をしてくれる人がこの町にいないのか、しばしば薬局にやってくる。その都度コーヒーなどでもてなすのだが、もてなし過ぎかやってくるのが頻繁になった。ただ人目をはばからざるを得ないのか、患者さんがいたら入ってこないし、くつろいでいても患者さんが入ってきたらそそくさと出ていく。全うに暮らしていればそんな卑下したような行動をしなくてすむのだが、法務局に2度も出張すれば世間の目は冷たい。出張の日数も段々長くなる。  何の話題だったか忘れたが僕が「高級すぎて手が出ない」と言った。「何を言っとるんで」と彼は大笑いした。本当はそんなに高級でもないし手が出ないものでもなかった。いつものように物に無頓着な僕の単なる表現方法だ。その後妻とも彼は話していて、彼が頂き物だと言っておすそ分けしてくれた野菜を見て「これで生き延びられる」と礼を言った妻に「何を言っとるんで」と大笑いした。コンビニ袋に数種類の野菜を入れて持ってきてくれたのだが、妻は昔の人がよく使う冗談で返したのだ。  実際の彼は「高級すぎて手が出ない物」ばかりで、些細な手伝いをして幾ばくかの謝礼を貰いすぐにそれを酒に化けさすのだが「これで生き延びられる」を米で作った糊のような貧弱さで貼り合わせ、日々に何とか連続性を持たせているのだ。 悠々自適を保障されていた老後を捨てるくらい酒や賭け事が楽しいのか僕は知らない。ごく日常的に使われる照れ言葉に過剰に反応する卑屈さがとれたときに、昔のように心から笑いあえると思う。