酪農

 僕もよく働いてきたとは思うが、僕以上がいた。  何の話からその様になったのか忘れたが、その人は印象深いことを言った。「もう何年も岡山には行っていない」と。この辺りの人ならこのことばの持つ意味が分かると思う。大都会の人なら、隣の区に行ったことがないと言っているのと同じレベルの内容だ。こう言い直せば如何にこの人が町から出ていないかが分かる。  酪農業の人は生き物相手だから休むことは出来ない。乳搾りを1日でも止めれば乳腺炎になってしまうと嘗て聞いたことがある。「酪農は365日稼がせてくれる」と皮肉混じりに言った酪農家もいたが、動物が好きな人には休みがないなど大したことではないのだと思う。それが証拠に、その方も別に不満で言ったのではない。表情にそんなことは微塵も感じさせなかった。寧ろそのことが自身の評価に繋がっているかのように自信に溢れていた。 自身への評価が低い僕も、やっとここに来て日曜、祝日を休むことにした。何かを背負うという気概も野心もなかったが、喜んで貰えれば結構仕事は楽しいと言う単純な気持ちで働きづめだった。役に立てるという満足感は巷伝えられる余暇の光景よりはるかに満足いくものだった。  人生を人との比較で量るというあの忌々しい時代は少しだけ遠ざかっているような気がする。