同義語

 もう70歳を過ぎているから、顔つきほどは厳つくない。笑えばまだ可愛い顔になるのだけれど、大工だからなかなか職人気質は抜けず、しかめっ面を得意とする。そんな男性が病院の処方箋を持ってやって来た。そんな彼も娘に応対して貰って、緊張しているのかぎこちない。 娘婿が応対していた女性、もう80歳は十分越えていると思うのだが、を知っているみたいで、照れ隠しでもないだろうが、自分が薬について説明されているのに話しかけている。僕は漢方相談をしていたので話している内容は聞こえなかったが、女性が先に出ていった男性を見送った後に言った。「迷子にならないようにちゃんと帰られよだって」と。なんて親切で優しい心の持ち主だと、読んでくださっている方は思うかも知れないが、実はその女性は僕の薬局の2軒隣なのだ。  これこそが実は牛窓の冗談の真骨頂なのだ。牛窓には昔から百姓も漁師もいるが、百姓は真面目でもくもくと働く傾向があり、漁師は冗談を連ねて、それも逆説ばかりだから難解だ。よその人は理解できずに戸惑うことが多い。板底の下は地獄だから、緊張の連続をごまかす処世術だと思う。  「気をつけてお帰り!」が「迷子になるな!」と同意語だと誰が信じることが出来ようか。頭ではなく身体で覚えた言葉もあるものだ。