演出

 風貌もさることながら、言葉遣いや仕草に圧倒される上品さを備えている。とても牛窓なんかには似合わない女性だが、何故か牛窓を選んで住んでくれている。もっともご主人とお子さんも又彼女に負けないくらいのものを持っていて、良くは知らないが田園調布くらいが似合う家族ではないかと思っている。 背景にはほとんど興味を持たない僕だから、敢えて体調以外は何も聞かない。それでも体調を具体的に説明してくれる時に少しずつ背景を伺わせるものが見え隠れする。それをつなぎ合わせると、やはり東京でかなり知的な職業に就いている。新幹線での行き来が疲れるらしいから、僕の手助けできることも多い。  その知性と自然薬を愛してくれる感性を信頼して、現在の東京の雰囲気を尋ねてみた。すると彼女は僕の質問の意図をすぐに理解してくれて「沢山の人がマスクをしていて、表情は暗いです。でも、放射能のことなど気にならないみたいです。日常の会話に全く出てきませんから」と教えてくれた。どうやらマスク姿は放射能を心配してではなく、インフルエンザ対策らしい。 インフルエンザなんか所詮一過性のもので、寝ていれば治ってしまう。ところが放射能は、吸い込んだが最後、半永久的に体の中にレントゲンの機械を飲み込んだようなものだ。見えない、臭わない、味わえない、つかめない、五感を駆使しても想像力でしか感じることが出来ないものなど恐くもないらしい。それが日々老化を早め人間を予定された以上に短命にしてしまうとしても。熱が出て体が痛かったりしんどかったりする現実の方が、何年もかけて忍び寄るものよりはるかに恐いらしい。 花の都大東京の知性とか理性などその程度のものだ。恐れるに足りない。いずれ想像を絶する悲劇がそんなに遠くない時期にくる。その時に、今と同じように表面だけ繕った幸せな光景を演出できるだろうか。