壊滅状態

 申し訳ないけれど、その地名を地図上に想像することは出来なかった。ただ九州と言うことは分かったが、何処の県にあるのかは分からなかった。クリスマスカードを送ってくれた後輩は長崎の人間だから、九州から便りをくれるのは分かるが、クリスマスカードを送ってくれたこと自体は皆目理解できなかった。僕は年賀状を書かない主義だから、恐らく長い間、何らやりとりをしていない。それがクリスマスカードを送ってくるとは何の心境の変化なのだと恐ろしく?なった。何故なら彼がその様なことをするのはメチャクチャ似合わないのだ。もう、何十年も会っていないから、彼の顔は30歳前の青年のままなのだが、その時の顔つきからしてすでにクリスマスなどと言う顔ではなかった。ほとんど忠臣蔵か、晩年の平清盛みたいな顔、いや西郷隆盛だったかな、要は今風の表現で「濃い」顔をしていたように思う。太い眉毛をしていた人で、左右を段違いにするのが得意で、段違い平行棒などと言いながら喜んでいた。  地球の裏側みたいな行動に出た彼の真意はと考えていたら、彼の奥さんがキリスト教を名乗る新興宗教に入っていたことを思い出した。となると奥さんが自分の判断でくれたものなのか、あるいは後輩が奥さんの薦めでその宗教に入ったかだろう。どちらにしても、その送り先のリストに僕が入っていたことは嬉しい。僕が数人の先輩のせいで留年したように、彼は僕のせいで留年した多くの後輩の内の一人だ。今の僕を決定づけるくらいの影響を受けた先輩達の遺伝子を後輩に残してしまったのかもしれないが、およそ陽の当たるような性質のものではなかった。  主人の名前を挙げてカードには、○○は仕事にと書かれていた。そうだ、彼も又、大学を出て堅気になったのだろう。あの失われた5年間に、多くの愛すべき先輩と後輩に恵まれた。学業もモラルも経済もほとんど壊滅状態だったが、濃密な人間関係はその後の人生を保証してくれた。