千春殿

 それは不思議な光景だった。日暮れ前だからまだ結構明るくて、目の錯覚ではない。もう太陽は西の空に沈みかけていたから空を見上げてまぶしくもなかった。だから僕はハッキリと見たのだ。 鳴き声が近くでするから僕は空を見上げた。すると3羽の鳥が戯れるように僕の頭上を旋回している。まるで僕の歩みと共に飛んでいるように思えた。よく見てみるとその鳥たちは、あたかも骨格だけがあって透明な魚のように、透明なのだ。だから羽を通して空が見える。何故か僕は驚かなかった。珍しいと思ったが、あり得ないことはないと、何故か目の前で起こっていることに寛容だったのだ。  家に帰ってしばらくすると、武井咲と言う女優が二人の男性スタッフと一緒にやってきた。何の用事があるのか僕には分からなかったが、とにかく家の中に通すことにした。何の話をしたのか忘れたが、一つだけ覚えていることがある。僕は話ながら心の中で目の前の女優を快く思わなかったのだ。何かが引っかかり女優だからと言ってその引っかかるものを捨てようとは思わなかったのだ。だから僕にとっては感激のないどうでもいい時間を過ごしたことになった。朝から晩までやたらコーマーシャルに出てくるから、煩わしかったのかもしれないし、吉永小百合のデビュー当時に似ていると言われたから快く思わなかったのかもしれない。 そうしているうちに目が覚めた。覚めてみて、それが夢だったことを恨めしく思わなかった。現実の僕の心を正直に投影している夢だったから。これが咲様(綾瀬はるか)だったら話は違う。夢から覚めたくなくて睡眠薬を飲みまくっていたかもしれない。そうなれば薬剤師もへったくれもない。睡眠薬飲んで追っかけじゃあ。いや最近の僕はここでは終わらない。咲様ではなく千春殿かもしれない。(NHK薄桜記