現場

 今頃日生の町は、その話題で盛り上がっているだろう。牛窓と同じようにひなびた瀬戸内の小さな町には降って湧いた出来事なのだ。  「かきおこ」で有名になったその町が、再び瞬く間に脚光を浴びたのは、今をときめく猟奇的な事件のおかげだ。その事件のニュースをテレビで見るのも不愉快だから、ほとんど内容を知らないのだが、もっとも卑劣な事件だと思う。その卑劣さ故に話題には登りやすいのだろう。今日その町から漢方薬を取りに来た二人連れの女性達が何故か生き生きとしていた。バイパスを使っても30分はかかるのだが、同じ漁師町という似通った気質のせいか、僕はそこの町の人にとても親近感を持ち、逆にそこの人達もとても信頼して足繁く通ってくれる。 そんな二人が何となく高揚しているのは、今日からコンクリート詰めにされて遺棄された人の捜査が海岸で始まるらしいのだ。二人の散歩道がどうやら現場らしくて、しばしばワイドショウやテレビニュースに出てくる風景は全部分かると自慢げだった。折しも牡蠣むきの季節が始まるらしく、単調な作業を覚醒してくれるたわいのない会話が飛び交う。まるで映画の撮影のような賑やかさは打って付けの話題なのだ。  長閑で裏表のない人達が多く住む町は、まるでスクリーンの中の出来事に無邪気に見入る。都会の狂気を別世界と確信できる安堵の中で暮らしている、まるで悪意のない人達は一杯喋って現場へと帰って行った。