サイボーグ

 「俺はサイボーグみたいなものですわ、人間なかなか死なんもんじゃ」と豪語するのには訳がある。身長1m90cm以上、体重100kgのまさにサイボーグ並の体格の持ち主の若い男性が、鎮痛薬を求めてやってきたのだが、どうして薬が必要か尋ねた答えがとても面白かった。 頸椎ヘルニアのために薬が必要らしいが、若くして頸椎ヘルニアになった理由が不運だ。車で交差点にさしかかり右折していたときに、正面からダンプカーがぶつかってきたらしい。車は横転したのだが、頭が丁度左右から押しつぶされた格好になった金属の間に収また。まるでパーマを当てる機械くらいの空間が偶然出来ていたらしい。そして驚くことに、ダンプカーがぶつかってきた反対側の○○(専門用語で分からなかったが、車の内側で窓ガラスの上の手すりが取り付けられている辺りの名称)が頭がぶつかった衝撃で外側にふくらんでいたと言う。車に疎い僕だから詳しくは分からなかったが、それでも奇跡的に助かったことだけは分かる。乗っていたのがクラウンだったから助かったのだろうと僕が言うと、軽四だったら死んでいると彼も言った。当然何が起こったか理解できなかったらしいが、助け出されてからフラフラしながらも「頭に来たから、歩いて病院まで行った」と教えてくれた。この理由と行動の支離滅裂さがなんとも言えずほほえましい。僕はその話を聞いてついに頭に来た(同じ言葉で別の意味)のではと心配しているのだが。  話に乗ってきた彼はもう一つ教えてくれた。「悪いことは続くもんよ。そのあと、酒を飲んだら胆嚢が痛くなるんで、いつもの石のせいだと思っていたんだけれど、救急車で運ばれて結局石をとる手術をしたんだけれどそれが全部癌だったんですわ。肝臓の一部もとった」と、あっけらかんと話してくれた。30歳になっているのかなっていないのか分からないくらいの青年なのだが、もうこれで2回死にかけている。以前このブログにも登場してもらった男性で、一晩で何升も酒を飲む人だから、超人的な身体をしているのだが、さすがにいいことばかりではない。確実に代償は払わされていたのだろう。でもこんなことで何かを悔い改めるような人間ではない。「じゃあ、酒は止めているの?」と尋ねると、「止めるもんか、肝臓は再生するんだから」とまるで身体に関する知識などあるはずもないのに、都合のよいことだけはちゃんと知っている。なんとも憎めない人間だ。 これだけのエピソードを聞かされれば「人間、なかなか死なんもんじゃ」と言うくだりが妙に説得力がある。何か知らないが勇気づけられたように感じた。知識も肩書きもなく、礼儀さえも知らないような人間がしばしばやってくる土着の薬局が本来なのだが、今では彼らの居場所が少なくなってしまっている。ほっとする瞬間を与え続けてくれる彼らを昔のように大切に大切に。