新記録

 未だかつてない記録が出た。僕は症状が出て困っている人には漢方薬を作ってすぐその場で飲んでもらうことがある。パニックや心臓病、嘔吐下痢、腹痛、風邪などだが、飲んでもらって少しだけ様子を見させてもらうのが常だ。雑談をして待っているとそのうち収まってきたと表情をゆるめてくれる場合も多い。ところが今日の人はそんな悠長な感じではない。ある症状で相談に来られたのだが、しゃっくりが止まらないんですと、相談の後再び相談を受けた。なるほどしゃっくりが出続けている。たまには誰だってそんなことはあるものだから、別段気にしていなかったが、その方の場合しばしば悩まされているらしかった。  それではしゃっくりの漢方薬も作りましょうと言うことで、何回分かを頓服として持って帰ってもらうことにした。牛窓の方なのだが、これからどこかに出かけるらしくてすぐ飲みたいとあちらの方から申し出があった。すぐに水を用意して飲んでもらったのだが、なにぶん僕の漢方薬は分量が多いので、四苦八苦しながら飲んでいた。まだ漢方薬を飲んでいる途中なのにしゃっくりが止まったことに本人が気がついた。「止まった」と笑いながら言ったので冗談かと思ったが、本当に止まっていた。残りの漢方薬も懸命に飲み干そうとしていたが、僕はその傍で笑いが止まらなかった。  こんな経験はない。薬を飲み始めたばかりで目的が達せられるとは。まだ血中に薬が吸収されているはずがない。だから僕は自慢げに喜ぶことは出来なかったし、懸命に漢方薬を飲んでいる男性がおかしかったので、笑い転げるしかできなかった。 今日の教訓は「しゃっくりを止めるには、飲みきれないほどの漢方薬を飲ませて、しゃっくりのことを忘れるくらい苦しい目に遭わせること」だ。後ろからわっと脅かすのと同じレベルだが、効けば何でもいい。泥臭いけれどそれを期待してきてくれる人ばかりだから僕でも役に立つことが出来る。田舎者でよかった。