花束

 このタイミングでこんな立派な花束を持って入ってきたら誰だって改装祝いかと思うだろう。結構繊細な女性なのだと一瞬感心したのだが、一瞬の誤解でよかった。 もらった方の一番の関心事は「この花束いくらくらいするのだろう」だから、あげる方のモチベーションは下がってしまいそうだ。まず花を買うなんて習慣がない僕にとって、こんなに立派な花束は花屋の店頭でしか見たことがない。いやいや恐らくもっと色々なところで実際には生けられているのだろうが、こちらが無骨で気がつかないだけなのだろう。 もらう方がもらう方なら、くれる方もくれる方だと言うことがその後すぐに判明した。その女性は市外から2ヶ月に1度くらいやってくる方だから、我が家の改装は知らないはずだ。余りにもよいタイミングだから「どうしてこんなに立派な花をくれるの?」と尋ねると「主人が今年定年退職で、今日会社の送別会があって、そこでもらったんよ」と教えてくれた。「そんな大切なもの貰えないじゃないの」と言うと「家に持って帰っても仕方ないじゃないの」とあっけらかんとしている。花を生けて気持ちを安らげる情緒を理解しないのか、あるいは生けるセンスがないのか、くれた花の美しさとは真逆だ。ただその花の華やかさは改装後の僕の薬局にはぴったりだ。鏡の側に置いてみるとまるで計算尽くのように華やかな雰囲気を醸し出してくれる。  綺麗綺麗とはしゃいでいる僕に家族が教えてくれた。「○○さんは最初手ぶらで入ってきていたのに、花をわざわざ車に取りに帰ったのよ」と。やられた、僕に遠慮させないためのとっさの判断とさりげない演技は、花束よりもはるかに気高い香りを放っていた。