僕はすぐに誰だか分かったが、妻は分からなかった。その人が僕の息子の名前を出して初めて気がついたらしい。 牛窓に帰ってきて初めての知り合いがなんと若い警察官達だった。牛窓警察署が近くだったから、若い警察官が買い物によく来た。そのうち時間つぶしなどにも立ち寄るようになって、より親しくなった。一緒に食事をしたり、旅をしたり、あげくは警察署の野球チームにまで入れてもらって、一緒に練習をした。  彼はその中の一人で最も親しい人だが、年齢を重ねるに従って重責を担うようになったのだろう、会う機会は段々なくなった。年賀状だけのつき合いになっていた。そんな彼がこの3月で定年退職を迎える。と言うより後3日で警察官でなくなる。久し振りに会った彼はたいそう老けているように感じたが、制服を脱いだからだろうか。その様子で悪人を捕まえろと言う方が無理かもしれない。定年とはよくしたものだと妙なところで感心した。「後3日間は、犯人を逮捕できるの?」と久し振りに会ったことよりそんなところに興味を持ったので尋ねてみた。すると出来ないと言う返事が返ってきた。何がどうして出来ないのか良く分からないが、ある日を境にガラリと変わるものだと感心した。下手をすれば逮捕される側に回るかもしれないのだ。その変わり様に当事者はどう思うのだろうと興味が湧いたが、奥さんがついてきていたのでそこまでは尋ねなかった。  決められた区切りでスパッと職業人を終えることが出来る彼らと違って、僕にはそれがない。仕事を辞めることで妙に老け込むよりはいいかと思うが、醜くなるまで頑張る必要はない。ほどほどという日本人の得意とする間合いで辞め時を決めなければならないのだろう。何故か最近は疲れるほど多くの方が漢方薬の相談に来てくれるが、今のところ打率7割を維持しているからもう少し現役でおれるのだろうか。  そう言えば今日訪ねてきてくれた彼はすでに多くの歯を失っていた。どうりで彼は野球の腕でも僕に歯が立たなかったわけだ。