偽善

 「幸い家族も我が家も無事でしたが親戚が犠牲になりました。津波は我が家の数十メートル手前まで来ましたが、急坂の一番上に建っているため難を逃れました。まさかあんな大地震に襲われ巨大津波をこの目で見ることになるとは思いもしませんでした・・・」  東北地方にも何人か僕の漢方薬を飲んでもらっている人がいるが、まさかこんなにリアルにあの大津波を経験している人がいるとは思わなかった。僕の漢方薬を飲んでいる人は全員内陸部の人だと思っていた。かの地方の地理には疎いから、地名だけでは想像がつかないのだが、何となく誰も被害に遭っていないような気がしていた。  ふとした理由で数年ぶりにメールをくれたこの女性の住所を見て驚いた。何度も何度も映像で見た大津波で有名になった町ではないか。それまで名前さえ知らなかったローカルな町だが、今は全国区だろう。  まるで映像で作ったような非現実的な光景を目にした時の驚きや悲嘆はどれくらいだっただろうと想像するが、雄弁に語るべきものではないのだろう。映像を越える言葉に未だ会ってはいないが、「この目で見ることになる」と言うくだりは、歴史のあるとんでもない瞬間に遭遇した人でないと出ない言葉だと思った。 人為を駆使した偽善の堆積が押し寄せる水の壁に抗えるはずがない。懲りない偽善に再びが用意されていないはずもない。