達成感

 こんな達成感はない。  他の薬を求めている人が出入りしている中で、彼女は僕が開いたパソコンの画面をマウスを操作しながら真剣に眺め入っている。その画面から僕が紹介した介護支援センターの情報を懸命に引き出している。僅か1年前には考えられなかった光景だ。 1年ぶりの彼女は、本来の体型に戻ってがっちりしていた。3年前に初めて訪ねてきてくれたときは、前を向くのも躊躇って、伏し目がちでわずかに僕の質問に少しだけ顔を上げて答えてくれた。あまりのストレスで激やせして、食事もうまく胃に収まらなかった。家から電信柱数本分しか恐ろしくて外出できなかった。夜な夜な襲ってくる動悸と不安でパニックになり、頭痛、冷や汗、吐き気は四六時中。のどはつまり微熱はし、家事なんてとても出来ない。便は10年間浣腸で出していた。これらの症状に追い打ちをかけていたのが、自分の存在価値を完全否定していたこと。過去に苦しめられ将来に絶望していた。 よその町の人だから勿論面識なんてないが、何故か知らないが最後の望が僕だったそうだ。ほとんど2年かかったが、全部の症状が完全にとれた。そして1年くらい時々頑張っているというメール以外は連絡はなかった。ところが昨日ヘルパーの仕事着で寄ってくれた。引きこもっていた彼女が今はバリバリの職業婦人だ。車の運転なんてとても出来なかった彼女が、高速を運転して県外に行っているなどの最近の様子を聞かせてもらっているうちに、彼女の受け持つ利用者が偶然今月から会社の都合で減ったことを知った。これ又偶然だが、僕の知り合いの建設会社の社長が1年前介護支援センターを立ち上げ、瀬戸内市地区のヘルパーを捜していた。立ち上げた社長は漢方薬が縁で遠くから来てくれる人だが、人物的には信頼している。漢方薬以外には能力もなく、又経済的に人と繋がることの少ない僕を通して、珍しく人と人が繋がりそうになった。インターネットでくまなく確認して、又僕と気が合うと言うことを聞いて彼女から紹介してくれるように頼まれた。唯一の心配は、僕の知り合いだからと言うことで、彼女がその社長を、品と知性が溢れていて、色白でスリムでグンソクっぽい顔立ちと勘違いしそうなことだった。会ったときのショックを和らげるために、正確に彼のことを写実して教えてあげた。 その日の午後彼女から電話があり、早速社長の面接があることを教えてもらった。どちらも僕が保証できる人物だから恐らく上手くいくだろう。僕の苦手な分野でのお節介がトントン拍子にいって、なんだか昨日はそれだけで楽しかった。  不思議かもしれないが、こんな田舎の薬局の中でこの様な物語はいくつも生まれている。田舎ののんびりとした薬局の中で交わす言葉が精気を呼んでくれるのか、未完成な僕の漢方薬が役に立てているのか分からないが、不思議な縁で心の不調から脱出してくれている人は数多くいる。笑顔を忘れた人が心から笑い、又うれし涙を流す光景は、そこそこにしか生きて来れなかった僕に対する見えないメダルだ。首には誰もかけてはくれないが、これでいいのだと見えないメダルを時に自分でかけている。