赤点

 初めて見るおばあさんが胃薬の名前を言うのだが、どうも聞き覚えがない。いくつかの候補をインターネットで検索してみたが見つからなかった。実は最近こんな方が増えている。僕が帰ってくる前から牛窓で薬局を開いていた方が店を閉められたから、今まで余り見かけなかった方が、今まで扱ったことがないような商品名を言ってやってくる。僕の薬局では長年服用して頂いているものは別として、余り商品名を言ってくる人はいないので若干戸惑っている。多くは老人だから、出来るだけ仕入れてあげるようにしているが、薬の使い方が僕の考えと反することもあり、クエッションマークを伴う応対をしている。  しかし反省するところも多々ある。30年以上の間、僕の薬局をどうして利用しなかったのだろうか。何があの人達を満足させれなかったのか、何の波長が合わなかったのだろうかと考えさせられる。多くは簡単な薬で、薬剤師が応対しなくてすむものばかりだから、嘗て手を抜いた応対をしたのだろうかとか、腰掛けて身体とは関係のない世間話を好む昔の「お客さん」タイプだからいやな顔をしたのだろうかとか、考えてしまう。直接どうして今までこなかったのと聞くわけにもいかないから、なるべく僕が牛窓に帰ってきた頃の昔ながらの応対を心がけているが、なかなか今の薬局の雰囲気では難しい。多くの漢方薬の相談の人が出入りする中で居心地の良さを感じてもらうのは難しい。  遠くから相談に来た人が今日「話を聞いてもらっただけで治ったような気がする。こんなにリラックスして色々な話しが出来るから、治るんでしょうか」と僕に言った。病院にかかればお医者さんがパソコンばかりを見て話を聞いてくれないし、以前紹介された薬店では効きもしないのにぽんと高額な健康食品とやらを渡されたらしい。僕は僕の治し方を追求しているだけで、公式があるわけではない。知りたい情報を全部教えてもらって初めて薬を選択できる。当然のことを繰り返しているだけだ。そんな30年に渡る日常の繰り返しで、つい接待の手を緩めてしまったのだろうか。接待より治すことに集中した雰囲気が、少なくとも息苦しかった人達を作ってしまったのだろうか。  何かに偏ることなくオールランドプレイヤーを目指してきたつもりだが、しっかりと赤点はつけられていた。