二回り

 屈強な漁師が入ってきて「フラフラするから血圧を測って」と言う。この暑い時期は深夜から漁に出て、朝方に帰りそれから睡眠を取る。そんな暮らしをしていれば血圧も上がってフラフラもするだろうと自分では思っているらしい。ところが血圧を測るといつも通りだ。病院の血圧の薬で上手くコントロールできている。「血圧ではないみたいだね。何かあったの?」と尋ねると、昨夜初めて睡眠薬を飲んだらしい。「どうして睡眠薬を飲んだの?」と重ねて質問すると「暑くて寝れないから血圧の薬をもらうときに一緒に頼んだ」と答えた。でも実際は暑さではなくて、家族が多くて彼が眠るときには逆に家族が起き出す時間帯になり、騒がしくて眠れないらしい。酒飲みの常で酒の勢いで眠りにつくらしいが、中途で目が覚めて良質な睡眠が得られない。眠れないのは結構誰もがストレスで、つい医者の前で訴えたのだろう。 「薬が効きすぎたのかなあ、医者が酒と一緒に飲まないように言っていたからビールだけですましたんだけどなあ」と若干後悔気味だ。自分ではその後のお決まりの焼酎を我慢したからいいと思っているのだろうが、起きてみてからの不快さでしっぺ返しを食らったと思っているのだろうか。「酒で睡眠薬を飲んで永久に眠り続けた人もいるよ、余程よく効いたんだろうけれど」と少し脅かしてやったが、それ以前に彼に睡眠薬など本来いらないのだ。軽い薬と説明されてもらった薬で、「酒に酔っているよう」と言わせる状態を作り出されたらかなわない。良くそんな状態で車を運転してやって来たなとそちらの方が心配だ。本来数時間は毎日必ず自然に眠れているのだし、家族の騒がしい中で眠れるようにすることの方が僕には不自然に思えた。睡眠に関して病的な要素が全くないのに、いとも簡単に睡眠薬が処方されるものだと思った。これだから中毒患者が作られたり、精神病薬を違法に集めて商売にされたりするのだ。この安易な処方がそもそものこの問題の発端ではないか。川上をなんとかしなければ下流ではいかんともしがたい。  薬剤師失格かもしれないが「もう飲まなくたっていいじゃない」と彼には言った。どの医院の下請け状態でもないからこんなことが言えるのだが、僕より二回りも若い屈強な漁師が僕より二回りも年がいっているような人間の薬を飲むのはみておれない。