口癖

 「右と左では3.5cmくらい違うからな」と教えてくれたが「3.5cmではきかないのではないの?」と僕は正直に見たままの感想を言った。「それはそうかもしれんね、こんなに違うもんね」と長い方の足で立って、もう一方の足をぶらぶらさせた。逆に短い方の足で立つと長い方の足が九の字に曲がる。 痛み止めが欠かせない。知り合いが痛いのと尋ねると「痛いのを通り越して疼く」と答えることにしているらしい。ただ痛みは他人にはなかなか分かってもらえないから、敢えてニコッとして答えるらしい。半月に一度ロキソニンを取りに来るが、病院には行かない。行ってもなにも解決しないことを知っているし、万が一手術なんかを勧められたら本人にとっては一番困るのだ。4人の男と結婚し分かれた財産はそれぞれの子供だけだから、子供に迷惑をかけることに対しての懸念は人一倍強い。「息子にお尻なんか拭いてもらえるもんか」が口癖だ。  1日の内で仕事をいくつか掛け持ちしている。その理由はあの足で、じっとしているのがこたえるのだそうだ。薬局の中を歩くのにも身体を大きく揺らさなければならないのだから、不揃いの足でじっと立っているのは辛いだろう。「苦労ばかりしてきたからこんな痛みはどうでもいいんよ」と言うが、痛み止めを取りに来るのだから耐え難いのだろう。  ほとんど歯は無く、顔は皺だらけだ。ずいぶんと実年齢より老けて見える。子供の頃は何処にいるのか分からないくらい存在感のない子だったが、いくつもの苦労をくぐり抜けてきて、今では充分すぎるくらいたくましくなり雄弁になっている。こんなに人って変われるのかと思う手本のような人だ。子供の頃はほとんど会話をしたことがなかったが、今は来れば長い時間話していく。僕らの何処に共通点があるのか分からないが、吐き出せるだけ吐き出していくその人のびっこの後ろ姿に声をかける。「一生働けよ、貧乏人が楽したら終わりだよ」と。