律儀

 数年前、脊椎間狭窄症を漢方薬でお世話した60代半ばの方がやって来た。3年ぶりに再発したと残念がっていたが、今回は以前より激しくて、1日何回も歯科医で治療を受けているような直接神経に触る痛みが、足に襲ってきて、おちおち仕事をしておれないと言う。こちらから言わせればまだ仕事をしているのかと、ほとんど尊敬に近いが、本人とすれば働くことが当たり前のような方だから引退は考えなかったのだろう。ただ、この3年のうちに残念ながら3歳は歳を重ねたので、この年齢での3年は大きい。 痛みがなかった3年間はそれはそれは楽だったと、お礼を言ってくれたのだが、現在の痛みの方が当然関心が深くて、今の症状についての不満が口から漏れる。3年歳を重ねたハンディーはあるが、又治ると言っても楽観的にはなれないのだろう。以前と同じように煎じ薬や天然薬を作って渡したのだが、帰りがけに彼の背中に僕が冗談を投げかけると、喜劇でよく行われるずっこける動作をした。足が痛いのに精一杯の演技に僕は心が痛かった。僕は一瞬でも良いから、痛みを忘れるくらいの緊張がとれた状態を作りたかっただけなのだ。痛みで神経も筋肉も硬直しているからそれを緩めてあげたかったのだ。それなのに僕の冗談に答えるかのようにボケで返す。なんとも痛々しい光景だった。  色々な不幸に直面した人が、例えば災害などで多くを失った人が、インタビューに答える時に結構笑顔を浮かべる人がいる。マスコミのインタビューなど放っておけばよいのと思うが、律儀に答える姿をしばしば目撃する。人間ってどんな時でも微笑むことが出来るのだと驚く。相手を思いやる心が、微笑みになるのだろうが、ただただ頭が下がる。 不運を嘆きながらも背中でおどけて帰っていった彼も又、思いやる心の持ち主なのだろう。