年賀状

 「最近また、よく唄っています。店の蔵でライブをしませんか」いったい何歳の人が何歳の人間に送っているのだろうと言うような内容の年賀状をもらった。嘗て大学で徹底的に落ちぶれた3人組の中の1人なのだが、どうもまだあの時のままで生きているらしい。風の便りに聞こえてくるのは、時計の針を全く進めていない生活ぶりだ。 僕に優るアナログだと数年前に突然訪ねてきてくれた後輩が教えてくれたから、まさか彼がやっている絵本屋さんがインターネット上に出ているとは思わなかったが、蔵と言う言葉に引っかかって検索してみたら、なんとちゃんとホームページが作られているではないか。ただ1ページの表紙だけだったが、ユーチューブの動画が貼り付けられていて、店内をお客さんの視線で眺めるように撮られていた。 本来的にはとても優しい人だったように思う。薬剤師としての才能も価値も持ち合わせていなかったから、絵本屋さんをしていると聞いたときにはなるほどなあと思った。似合っているとは思わなかったが、薬剤師としてよりは遙かに存在価値があるように思った。人なつっこい性格が幸いして沢山のフォーク歌手と知り合っているみたいで、彼が古い蔵を手に入れて、そこでライブをするってのは必然のような気がした。「安住の地を求めて」移り住んだらしいが、住処としてだけではなく、心の安住の地でもあるのだろう。夢を叶えたのかなとも思ったが、彼の夢を聞いたこともないし、もう10年以上も会っていないから実際の所は分からない。 唄もギターも取り立てて上手だとは思わなかったが、フォークソングの好きさでは別格だった。同じように行動していたのに、彼は並々ならぬこだわりを維持し続けている。そして全国には、同じようにその世界から抜け出さない(抜け出せれないではない)熱烈なファンが多く未だいることも最近知った。ひょんなことで昨年、それこそ何十年ぶりに僕も人前で唄ったが、遠回りして彼の所に帰ったのではなく、ほとんどニアミスに近い状態だと思う。僕が偶然唄ったことなど彼は知るはずもなく、「蔵でライブしないか」と誘ってくるのは、あの頃の僕の残像が蔵で見つけたシミに似ていたのかもしれない。あの頃の彼はいても、あの頃の僕はいないのに。