ポール・ポッツ

 恐らく僕は何年も遅れているのだと思う。知る人ぞ知るで、もう何年も前から知っている人も多いのではないか。  僕がその歌手を知ったのは、外国人が日本の歌を唄うコンテスト番組を見ていたときだ。フィナーレで全員が日本の歌を唄ったのだが、その最前列の中央に、その日歌っていない男性が陣取って唄っていたのだが、その声の美しさ、声量ともに、その日出演した他の外国人を圧倒するものだった。「誰この人?」と思わず一緒にテレビを見ていた妻に尋ねた。妻ははっきりとした知識はなかったみたいだが「タイタニックの歌を唄っている」と言うような答えをした。だから恐らくその日が初めてではなかったのだろう。ただ、彼が誰でどのような肩書きを持ってその日中央で唄っていたのかは分からず仕舞いで、結局数日間僕の頭からも消えていた。  ところが昨夜僕は、彼が誰で、どのような経歴の持ち主か知ることが出来た。それは全く偶然のものだった。僕はフラッシュモブと言うのが好きで、多くはベートーベンの第九かボレロボレロが奏でられることが多いのだが、昨夜もその投稿をユーチューブで探していた。そこである動画に出てくる彼を見つけたのだ。正に偶然見つけたのだが、あの夜の声で、あの夜の堂々たる体格で、あの夜と同じように聴衆を魅了している姿だった。彼の唄を聴きながら涙している人もいたし、まるで東洋人が拝むような仕草を白人がしていた。人は美しい歌声に接すると、それが日ごろ自分とは縁遠いジャンルでも、感激するのではないか。それこそ老若男女が彼の歌に引き寄せられていた。  この歳になってやっとクラシックにも耳を傾けることができるようになったが、どうしてもっと若い時にこうしたチャンスと巡り合わなかったのか悔やまれる。音楽だけではない、もっと色々な分野に興味を示し、色々な知識を増やし、色々な経験をつめばよかったと思う。受験勉強、フォークソング バレーボール 漢方薬 カトリック 和太鼓 第九、その時々で結構熱するのだが、ものにならないのが僕の特徴で、なんとなく点と点がつながらない、実り少ない人生だった。偉大な世界の先人達が残してくれたものにもっと目を凝らし、耳を澄ませばよかった。つまらない商業主義に邪魔されずにもっと時間と体力を有効に使えばよかった。  後悔上手のまま終わってなるものかと気を取り直しているが、頭に浮かぶのはまたまた飛び地のような新たな点だけだ。