シルヴィ・ギエム

 昨夜はなんて幸運な大晦日だったのだろう。僕は2度テレビの前で拍手した。  最初はN響による第九の演奏が終わった直後。テレビを通して聴いているのに、12月に2度聴いた生の演奏をはるかにしのいでいた。もっともその2度とも感動を与えてもらったので、感謝しかないが、やはり日本で最高峰の演奏は違う。素人の僕でも分かる。実際に会場で聴くことができればどのくらい感動が増すのかわからないくらいだ。  2度目は偶然回したチャンネルで「年越しボレロ」と言う画面右上に小さく示されていたタイトルを見つけて聴いたボレロの演奏だ。そしてそのボレロにはおまけがついていて、女性ダンサーが踊り始めた。一人の女性が丸い舞台の上であのボレロの単調でいて力強いリズムに合わせて踊るのだが、見始めて1分もしないうちに「これはただ事ではない」と分かった。およそダンスなどに興味がなかった僕だが、釘付けになってしまった。鍛えられて無駄のない肉体が、奏でられる音楽を従えているようだった。演奏の前に紹介されたビデオで、マスコミ嫌いで神秘的だと紹介されていたが、その予習効果だろうか、踊りはとても神聖なものに思えた。50歳になったダンサーが現役最後に日本の舞台でボレロを踊ると言う舞台設定も手伝って、そしてそれが正に一秒の狂いもなく0時0分に演じ終わることをやり遂げることによって、感動がより深く醸造される。  クラシック音楽を好んで聴く人間でなく、たった2枚しか持っていないクラシックのCDが、正に第九とボレロの僕にとって、この上もない幸せな夜だった。新しい年に期待する人間でもないから、この幸運が何かを予感させることはないが、たったこれだけのことで喜ぶことが出来る心の身軽さが、これからは、より求められると思う。