単純

 こいつが出てきたら、1秒を争ってチャンネルを変えると言う奴はいっぱいいるのだが、この人が出ていたら見入ってしまうと言う人もいる。残念ながら「奴」は一杯いて「人」は極めてまれだ。ただこれは個人の単なる好き嫌いなのだが。 昨夜、見るに耐えれない番組ばかりだったのでチャンネルを頻繁に変えていた時、教育テレビで姜尚中が話しているのに運良く出くわした。僕は彼の静かな語り口が好きで、彼の知性にいつも穏やかに引き込まれる。ただ彼の話の内容が今日のテーマではなくて、すぐに影響される僕の単純さがテーマなのだ。 姜尚中は録画が終わるとすぐに牛窓に来た。そして偶然僕の薬局に入ってきた。胃が痛いというのだ。確かに顔をしかめて、見るからに痛そうだった。処方はすぐに思いついたのでまずは相談テーブルに腰掛けてもらった。時間があるかどうか尋ねたらあるというので、少し雑談をした。恐らく、仕事内容などから潰瘍があるのだろうと思って、胃酸をカットすることが出来る胃薬を選択し、その場で飲んでもらった。 太陽の下でのんびりしたいというので、牛窓の海水浴場に行きパラソルを拡げ、その下で又雑談をした。その間、僕は何回も彼にもう胃の痛みが収まったかどうか尋ねたがなかなか効いてこなかった。簡単に効果を出す事が出来ると思っていたので意外だった。 どのくらいそこで時間を潰したのか分からないが、帰りのフェリーが出る時間が差し迫っていた。彼にこれからどうするのと尋ねたら、おもむろにポスターを取りだして、これからはこれですよと言った。それは選挙用のポスターだった。僕は彼がこの国の将来を憂いてついに新たな政党を作る決意をしたのだと察して歓迎した。そうしているうちに本当に時間がなくなった。急いで支度しなければならないが、僕は何故か小学校の戸締まりや火の元が気になった。久しぶりの小学校は木の香りがまだ残る建て替えられたばかりのウッディーな校舎だった。それを僕は一教室ずつ点検して回った。それからやっと懸命に船着き場まで走った。そのしんどかったこと、しんどかったこと。おかげで目が覚めた。何で夢なのにしんどいのだろうと、実際の体調を確かめたが、夢から冷めればしんどさは消えていた。 ただ夢から覚めても、何故かいつものように夢のような気がしなかった。恐らくこの夢の中にちりばめられた一つ一つの出来事が恐ろしく現実に近かったからなのだ。まず姜尚中の出演番組に偶然チャンネルを合わせられたことを喜んでいる自分。自分が薬を作った人の効果を点検して次につなげるように努力してきたこと。つい先日前島フェリーの船上お月見会があったのだが、あれだけ晴天が何十日も続いていたのに、その企画された2日間、ねらい打ちのように雨が降り、少しばかり協力をしていたから残念だったこと。嘗て一度だけまともな仕事をして、唯一それにしがみつき相手を中傷しながら権力を手にした男が不快だったこと。今では立派に社会不安障害と病名までついている「点検魔」だと言うこと。数年前数時間睡眠で働き続けていた頃は、悪夢で目が覚めても立派に動悸は続いていて心を病むと言うことはこんなにしんどいのかと経験したこと。これらがすべて一連のストーリーを作り上げていたのだ。  起きていても眠っているくらいしか働かない僕の頭が、どうして眠ったら起きているくらい働くのだろう。夢の中で受験をさせてくれればもう少しいい大学に行っていたかもしれない。今頃は姜尚中の後輩くらいにはなっていたかもしれない。名前は勘サンザン。