1秒

 1秒で急ブレーキがかかってしまった。僕にとってはいつもの良くある風景だが。 見るからに芸術家という風貌をしている。髭ぼうぼうだから見方によっては胡散臭く見えるが、僕は素性を知っているから後者の見方はしない。 彼に僕の薬局の2階を作業所?工房に使わせてくれないかと頼まれた。以前僕の友人が喫茶店をしていたのも知っているから、空いていることは分かっていたのだろう。どんな作品を作っているのか尋ねたことがなかったからいい機会だと思って作品を見せてもらった。その作品を作り販売する工房を牛窓の主要道の路面でやりたいのだそうだ。今まで牛窓の山奥?にこもるが如く暮らしていたのだが、何を思ったか我が身と作品を人目に触れさせたいらしい。作品も経済に支えられなければ意味がないので僕も当然だと思った。そして同じように牛窓に移り住んでいる芸術家?職人?が結構いて作品を展示するところを欲しがっていると言った。  彼の話を聞いているうちに、「よし、そう言った場所を作ろう」と思い始めた。そして彼が帰る頃にはもうイメージが出来上がっていた。駐車場にログハウスを建て、2週間毎漢方薬を取りに来ているパン職人の女性に独立してもらい、カフェとパン屋を併設し、店内に作品を展示する場所を作り、2週間毎に作品をローテーションする。考えただけでもワクワクし、その後数時間インターネットでパン屋さんの開業について調べまくった。経済的にそんなに大きな報酬を得る職業ではないかもしれないが、好きという要因が大きな位置を占める職業らしい。  よそから来た人も、土着の人も、美味しいパンを食べコーヒーを飲みながら楽しい時間を共有してもらえれば・・・などと夢想に・・・いや、やる気満々で考えを練り上げて妻に構想を伝えると「お金はどこにあるん?」、娘に伝えると「コンセプトが無い。そんなカフェ、どこにでもある」さっきまで高揚していた僕の気持ちが1秒で萎えた。