紙一重

 佐竹徳画伯と言えば、知る人ぞ知るオリーブの画家で、牛窓に住みついて100歳で亡くなった人だ。瀬戸内市民美術館で画伯から寄付された80点が常時展示されている。なんてほとんど作品を見たことがない、又歩いて3分のところにある美術館にも行ったことがない僕が言うのだから不確かだと思ってもらっていい。ただ佐竹画伯は日本的にも有名で、僕らが小学生の頃から牛窓の絵を描いていたらしい。実際に時々見かけている。何十年も住んでいたのだから当たり前ではあるが、僕が牛窓に帰ってから見かける彼はすでに一老人だったから何らオーラは感じられなかった。ただ噂で聞く絵の値段はさすがにオーラの泉状態だった。  今日、僕の友人が訪ねてきたときにある時効になった話をしてくれた。彼とは牛窓に帰ってきて以来40年近く結構親しくしているのだが、初めて聞く話だった。何故今まで黙っていたのか知らないが、あまりに面白かったので披露する。  彼がある日オリーブ園に行ったとき、オリーブを見ながら初老の老人が絵を描いていた。彼がのぞき込むと結構上手だったらしい。絵なんか僕以上に分かりそうにない彼だが、そんな彼が見ても上手に思えたらしい。そこで彼はその老人に牛窓弁で「おっつぁん、絵が上手じゃねえか。展覧会にでも出してみりゃあええが」(ご主人、絵がお上手ですね、展覧会に出してみられたら如何ですか)と言ったらしい。それに対する画伯の反応は聞かなかったが、そこは天下の画伯。亡くなってからお嬢さんから聞いた話だと「あの時、見知らぬ青年が牛窓弁丸出しで絵を褒めてくれた」と喜んでいたらしい。  無知と勇気は紙一重だ。