バンジージャンプ

 昨日、或る自動車の販売店で20分くらい妻を待った。喫茶店宜しく椅子に誘導されると早速女性事務員が、メニューを持ってきて飲み物の注文を聞いてくれた。ちょっとした修理だからこんなに接待してもらわなくてもいいのにと思いながらも、冷たいコーヒーがとても有り難かった。 何の用事もなかったので目のやり場に困って国道2号線の車の往来をただぼんやりと眺めていた。ところが隣の席で繰り広げられる「攻防」にやがて耳が釘付けになっていた。絵に描いたような標準家庭の親子4人連れに対し中年セールスは敢えて岡山弁丸出しで親近感を醸し出していた。元々既知の間柄かもしれないが、こう壁のない言葉遣いをされると寄り切られるだろうなと、話の展開にお節介な不安がよぎる。案の定、最初は軽の車種について話していたのに、やがて普通車の話になっていた。広い車だと買い物が楽になるとか、具体的な地名をあげての遠出の話とか挿入される逸話が楽しげだ。カーナビだとかエコカーだとか減税だとか、テレビのコマーシャルで良く耳にする言葉も行き交っていた。背中を思いっきり押されそうな状況の時に妻が入ってきたので席を立ったが、恐らくあのセールスの人は商談を成立させるだろう。鍛え上げた物腰や言葉遣いがまるで芸のように見えた。  実はその少し前、数人で語らっていた時、ある女性に夜中の足の痙攣に付いて質問を受けた。毎晩引きつるらしい。(これは岡山弁かな?標準語ではこむら返りと言うのだろうか)それをお医者さんに相談すると肝臓が悪いかもしれないからと言って血液検査をされたらしいのだ。つい最近スイスに行ってアルプスにかかる鉄橋からバンジージャンプをしたような女性(これは僕の憶測なのだが)が急に肝臓が悪くなるはずがない。肝硬変でも疑っているのかもしれないが、70歳代まで分からないと言うことも考えられないから、僕は検査の必要性が理解できなかった。毎日元気すぎるくらい元気に暮らしている人の肝臓を疑う理由が分からないのだ。引きつけにたいして知識がないのか、素人の慰めの為に安易に考えついたのか、経済的な作為か僕には分からないがしなくてもいい検査のような気がした。患者にたいして優位性を利用して経済行為をするのはよろしくない。  同じ日に生活の糧を稼ぐ二つのエピソードに出会った。保証された肩書きを安易に利用する人、肩書きがないから懸命に接遇に励む人。無数に繰り広げられる日常の経済行為のたった二つでしかないが、優劣の前に横たわる懸命の方に心は奪われた。