若者言葉

 受話器を取るやいなや「アイスがある?」と距離感のない老人の声がする。もう30年も薬局をやっていると声だけで分かる人は一杯いる。この声で名前を名乗らないのは○○さんだ。ひょっとしたら名前を名乗られる以上に分かるのかもしれない。 「アイスはさすがに売ってはいないけれど、いるんだったら買っていってあげようか?」老人の1人住まいが多い田舎町だから、薬を取りに来ることが困難な人は沢山いて、配達をしてあげるのが昔からの習慣だ。「暑いからアイスでもあれば寝れると思うんじゃけれど」「それはそうじゃな、この暑さでは寝苦しいものね」「どのくらいするの?」「僕は自分で余り買わないから知らないけれど、100円くらいかなあ」「そんなに安いの?姉は1000円くらいしたって言ってたよ」「そんなに高いアイスは牛窓には売っていないから、都会に行かないと手に入らないよ」「柔らかいの、堅いの?」「一応凍っているから最初は堅いけれど、ちょっと待っていれば柔らかくなるよ」「姉は冷蔵庫に入れる必要はないって言っていたよ、そのままでも冷たいって」「それはあり得ないだろう、溶けてしまうよ」「何回でも繰り返し使えると言っていたよ」「沢山まとめ買いをするって事ではないの?」「いや、一つしか見せてもらわんかった」「えっ、それってどんなアイスクリーム?」「アイスクリームじゃないよ、アイスのこと」「アイスって、アイスクリームのことではないの?」「何を言ってるの、アイスクリームを頭に敷いて寝れる分けないじゃないの」しばし考えた末「それってひょっとしたらアイスノンのことではないの?」「いやアイス」「アイスノンって、冷たくなる枕があるんだけど」「わからんから姉に電話して確かめてみる」「そうして」  数分後電話があり、結局はアイスノンのことだったのだが、80歳の老女とその姉がまるで若者のように簡略に言葉を縮めて会話をしていたのだろうかとほほえましくなった。となると、二人はアイスクリームのことはどう言っていたのだろうか。普通ならアイスと略す場合が多いと思うのだが。アイスノンをアイスと略されたらアイスクリームの立場がない。このことで気がついたのだが意外と老人も結構簡略化した言葉を用いる。リポビタンはリポ、サロンパスはサロ、ピップエレキバンはピップ、アンメルツヨヨヨコはヨコヨコ、ベトネベートはベトネ、ササヘルスはササ。薬局に粋は似合わないが、結構通にそう言った言葉を使う人が多い。何十年もの愛用者達ばっかりだ。薬だけではなく、父の代からのヤマト薬局の愛用者でもある人達ばかりだ。ちなみにこの辺りでは栄町ヤマト薬局は「ヤマト」僕のことは「雅治」