強気

 気が強くて口から出るのが不満ばかりだから僕は好きなタイプではないが、もう30年は通ってきてくれている。当時たまたま僕が薦めた薬が良く合って元気を取り戻したからその薬が離せないのだ。栄養剤だから体力がついて、どんどん同世代の人から歳をとることで置いてきぼりを食っている。もう80歳に手が届いているのだろうが、そうは見えない。偶然そのお孫さんを二人この数年お世話をすることがあったが、そのお孫さん達もおばあさんの強気や口やかましさには参っているらしかったから、僕が好感が持てないことくらいは許して貰えるだろう。 その方が昨日薬を取りに来てやたら「蹴ったり、踏んだり」と繰り返すから、又いつものように強気なことを言っているなと思った。ご主人はいつも車で送ってきては薬局の前でひたすら待っているが、とてもおとなしい人で、そのご主人を踏みつけたり、蹴り上げたりしているのかと空恐ろしくなった。何か意にそぐわぬ事でもしたのだろうかと、ご主人に同情した。聞きたくもなかったが向こうが聞いて欲しいような雰囲気だったので「どうかしたの?何かあったの?」と口先だけで尋ねた。すると又向こうは「もうほんとに蹴ったり、踏んだりだわ」と悪びれた様子もない。「ご主人がどうかしたの?」と聞き返すと「旦那の事じゃないんよ、私の事よ。先月ヘルペスが足に出て、長い間痛かったのなんのって。それが治ったと思ったら、先週転んで手首をひねったんよ。この夏は暑いし、もう蹴ったり、踏んだりよ」と、本当に苦虫をかみ殺すような表情で答えた。その時点で分かった。最近とみに老人を巡る話題で空恐ろしいようなことが多いから、この女性もその予備軍みたいに思っていたが、何のことはない、単に言葉を間違って覚えていただけなのだ。こんなに平穏な田舎町で、世間の目が届かないところで何をしているか分かったものではないと思っていたが、この人も又愛すべき田舎のおばあちゃんなのだと安心した。  女性の怒りの元を解き明かそうとして、わざわざしたくもない質問までした僕は、それこそ蹴ったり踏んだり、いや踏んだり蹴ったりだった。