圧巻

 受話器を耳にするとすぐにオバアサンと思しき人が話しだした。まず住所だが、鹿忍と言うのはわかったのだが、その後が難しかった。小学校も郵便局も分かったのだが、〇〇さんの前を上がって、△△さんのところまで行くと、お地蔵さんがあるから、そこを右に曲がればすぐ・・・の辺りからついていけなくなった。ただだいたいは分かるから後で番地を聞けば地図でたどり着くことは簡単だ。我が家の配達人は牛窓中駆け回っているからこの程度は何のことはない。分かったと告げるとやっと要件に入ったのだろうが、そこもかなり理解に苦しんだ。「あまり沢山は採れんかったけど、冬瓜とゴーヤと南瓜くらいは送ってやろうと思うんじゃ。箱に詰めて玄関においてるから取りに来てください」といわれて僕は少し迷った。農家の方が野菜を下さるのは日常よくあることで、車を運転できなくなった老人はしばしば取りに来てくれとも言う。ただし、送ってやろうと思うという言葉は引っかかった。「奥さん、今電話はヤマト薬局にかかっているんだけど、野菜をもらいに行っていいの?」と確認すると「京都の娘に送ってやろうと思うんじゃけど、娘がヤマトに頼んだらすぐに取りに来てくれるから、ヤマトに頼んだらいいと教えてくれたんじゃ」  これですべてが理解できた。お婆さんが電話をしたかった相手は「クロネコヤマト」だったのだ。恐らくお嬢さんはクロネコの部分を省いて「ヤマト」とだけ言ったのだと思う。名前を短くして呼ぶことはよくあることだから、お嬢さんにとってはヤマトはクロネコヤマトなのだ。間違ってもヤマト薬局ではない。ところがオバアサンにとってはありがたいことにヤマトはヤマト薬局なのだ。  天下のクロネコヤマトと田舎のヤマト薬局が間違われて光栄だが、名前以外に何も共通点がないところがいい。太平洋と金魚蜂くらいの差がこれまた圧巻だ。