鉢巻き

 これにはまいった。こんな事が出来るのだと心底驚いた。どこに行き着くのかと心配にもなるが、もう懸念の範疇ではない。矢は放たれた状態だ。誰にも止めることは出来ないのだろう。  事の発端は今日ある女性から頂いたメールの中のこの言葉「グーグルでヤマト薬局さん家まで遊びに行ってみました。本当にすぐ海なんですね。いいですね~。」うちに遊びに来ましたという意味が最初分からなかった。以前から訪ねてみたいと言われていたので、牛窓に実際に来てみたんだ、それなら寄ってくれればいいのにと思った。ところがこの言葉の後に、メールアドレスが貼り付けてあり、そこを開いてからクリックすべき箇所を何カ所か教えてくれていた。その通りにすると、何と我が家が写っているではないか。それも結構詳しく建物の両隣や、道路を挟んだ向かいの状態なども写る。田舎のメイン道路に面している感じが臨場感を持って迫ってくる。これなら確かに「遊びに行った」くらいの情報は得られる。僕の薬局の様子、周囲の町の様子などがハッキリと分かる。  彼女の愛車が写っていますよと言う言葉に誘われて彼女の住所を入れてみると確かに、建物の前に黄色の車が写っていた。遠く関東のある街の住宅街の一隅で確かに生活を営んでいる人がいる。遠くで暮らすその人の輪郭が少しずつ出来上がっていく。超アナログの僕にとって、不思議、不思議を連発しても、目の前の威力を見せつけられると、踏ん張って半歩くらい追いついてみようかというような気持ちすら起こさせる。 嘗て、僕を信用していいのですかと遠くの方達は言った。こんなに答えられない質問はなかった。下心があればあるほど信用できますと答えるだろう。自分でも信用できない僕は答える代わりに警察か町役場か、学校でもいいから公共機関で僕のことを尋ねてみてと答えることにしていた。客観的な判断を仰ぐのが一番だと思ったから。ところが今日、女性から教えられた画面を見ていると、そんな質問はもう来ないだろうと思った。あの映像を見ればおよその見当はつくから。  それにしても幸運だったのは、いつものように鉢巻きをして割り箸を何本も突き刺している僕が写っていなかったことだ。