アイルランド

 ちょっとだけ知ったかぶりをしてやろうと思っても、肝心のその国がいったい何処にあるのかハッキリと分からなかった。およその想像はついたが、実際に地図を出してきて見つけたのとは違っていた。イギリスの北側にあると思っていたら、西側にくっつくようにあった。もうほとんどイギリスではないのと思ったが、立派な独立国なのだ。一瞬その名前を言われたとき、アイスランドを思い浮かべたので、イギリスの北側をイメージしたのかもしれない。 アイルランドアイスランドそっくりな名前だからと言って間違ってはその国の人に失礼だ。もっとも間違いを悟られるほど会話が成立しないので助かったが。その人が薬局に入ってきたのは、虫さされの薬が欲しかったからだ。足を示し、痒そうな仕草をしてくれたから分かった。僕の薬局には許可を得て作っている自信作があるのだが、どうも液体タイプが欲しいらしい。容器の色を言ってくれたからすぐに分かったのだが、分かったこと自体にすごく感動してくれて少し余分な話に発展した。何語が通じるのか分からなかったから、どこから来たのと尋ねたらアイルランドと教えてくれた。なんだ日本語が通じるのかといっぺんにこちらが饒舌になり、たたみかけるように話したら全然通じなかった。その後は片言の日本語で会話したのだが(何故かこちらも片言の日本語になってしまう)その人はアイルランドには蚊がいないと言った。牛窓は一杯いるよと僕が言うと、「はいそうです」と答えて「アイルランドには蛇もいません」と言った。その人にとって恐らくいやなもののベスト2なのだろう。こちらが尋ねもしないのに蛇のことを持ち出した。そしてその言葉を言うときの顔たるや、余程いやなのだろうと思わせるほどゆがめていた。僕もそのベスト2は苦手だから「是非牛窓にいる間に出くわすといいね」と言ったら、冗談を理解してとても素敵な笑顔をしていた。一つ一つの会話に丁寧に応じ、日本語が下手ですからと謙遜し、はにかみ、嘗てしばしば寄ってくれていたベトナムの若い女性達や、毎週日曜日に会うフィリピンの若い女性達と同じような印象を受けた。全く知識はないが、アイルランドって農業国?って一瞬思った。 今日得た知識を早速数人にお披露目した。恐怖の知ったかぶりだ。でも蚊はまだしも蛇がいないってのは結構共感を得て、羨ましいなあと本心から感想を漏らす人もいた。それだけこの辺りの人にとっても、たまに出くわす蛇には閉口しているのだろう。余程湿気た所に行かない限りマムシには会わないから危険はないのだが、あの長すぎる爬虫類はどなたも好きにはなれないらしい。  誰もが○○がいないことは最高の条件ってのを持っている。そんな世界があればすぐにでも移住したいだろうが、なかなか○○がいない所など地球上にはないのだ。さて、この○○にあなただったら何を入れる。僕だったら・・・