全国標準

 こんなに詳細に、道路工事現場のガードマンの仕事ぶりを観察する機会がなかったから、目の前に繰り広げられるそれが全国標準かどうか知らない。ただ一つの会社が独自性の追求でやっているとは見えないのだが、もしそうならこの会社はきっと沢山の仕事の引き合いがくるに違いない。 半年に及ぶ目の前の片側通行の交通規制で、営業的には大きな打撃を受けると思っていた。ところが影響はほとんど感じられない。もし影響があるとすれば交通規制ではなく、僕の実力の無さと言ってもいいくらいの範囲だ。何故なら、薬局の駐車場から車が出る時に、必ずどちらの方向に出るかガードマンが尋ねてくれて、東西各50メートルの交通を全部遮断して誘導してくれるのだ。いつもなら左右両方を気にしながら出ていかないといけないのだが、これなら何倍も余裕を持って安全に出れる。また、歩行者には必ず一人のガードマンが付き添い工事現場と並行して歩く。  傑作なのは、丁度工事現場を前にして建っているお家の方。買い物に来られたときに、騒音や振動が大変でしょうと言うと、それよりも外出が大変なのだそうだ。東に買い物に出かけるとき、西に駐車場まで歩くとき、近所の人と時間つぶしをするために道路を渡るとき、必ずガードマンが付き添ってくれるらしいのだ。そのどの行動もせいぜい数メートルから数十メートルのことなのだが、あたかも総理大臣の警護のように、ぴたりと寄り添ってくれるらしいのだ。偶然通りかかってこの対応を受けるならいざ知らず、毎日何度ものこの過剰気味のガードには、さすがの奥さんも閉口し、外出恐怖症になっているらしい。 例えばガソリンスタンドのように、見えなくなるまでお辞儀をしたままでいてもらう必要はない、例えば手を挟むようにお釣りを渡してもらう必要はない。ほどほどでいいのだ。過剰な慇懃さには透けて見えるものがある。表も裏もない素直な心があれば過剰な演出は必要ないのだ。心を打とうと思えば画策しないことだ。少なくとも僕はそちらを選ぶ。  道を歩くときくらい自由に一人で歩きたいから、立派な肩書きがなくて良かった。えらくなるにはストレスにも強くなることが必要らしい。そんな不自由と引き替えで手に入るものに大したものはない。仮初めのVIP待遇に病気になりそうという奥さんの感性こそが全国標準であって欲しい。