交通整理

 何も目くじら立てることはない。彼らだってこの冷たい雨の中、身体を温めたいと思うだろうし、緊張を一瞬ほぐしたいとも思うだろう。建物の中からぬくぬくと眺めている僕に何らとがめる資格はない。 道路の片側の交通を遮断して行っている下水道工事で交通整理に当たっているガードマンの動きが何となく違和感があると思って見ていたら、煙草を吸っていたのだ。煙草を吸いながら赤い旗や白い旗を振っているから、何となく緊張感がない。旗を振る合間に煙草を吸っているのではなく、煙草を吸っている合間に旗を左右に振っているように見える。このリラックスした情景は過去に見たことがないのでかなり違和感を持って迫ってきたが、先にも述べたように別に目くじら立てるほどのものではない。ただ何か事故でも起こった時にはかなり責任を問われるだろう。勤務態度がいちいち詮索されるだろうから。そうしてみるとかなり勇敢な行動に見える。余程大胆か無神経でないとこのような事は出来ない。   その人がその職業にあっているかどうかの判断は難しい。もし彼が繊細な人なら、かなり神経をすり減らすだろう。万が一の事故が大きすぎるから、又取り返しがつかないことが多いから一瞬の油断も許されない。緊張を四六時中保つことが出来るような人なら、恐らく自分自身の健康を傷つけてしまうだろう。もし彼が大胆な人なら、いつかきっとそれこそ取り返しのつかないミスを犯してしまい、責任を問われる羽目になるだろう。どちらの性格がより適しているのか分からない。  時代の進歩に従って緊張を強いられる職業がめっぽう増えた。それに人の繊細さも大胆さも付いていっていない。何かを得る替わりに何かを失う構図は、時代と共に比例して増えていっているように見える。何もかも得るというのは困難だ。何かを得ることを優先する人と、何かを失わないことを優先する人との葛藤は続く。どちらも勝者にはなれないし、どちらも敗者ではない。それを草食系と呼んだり肉食系と呼んだりするのだろうが、人間は基本的には雑食だ。貪欲と言ってしまえばそれまでだが、生き延びるためにしぶとい。なんたって、自分の心の整理は出来なくとも、行き交う車の交通整理はくわえ煙草でも無難にこなす事が出来るくらいだから。