紫雲膏

 毎年この時期になると、紫雲膏と言う漢方薬の外用剤を作る。しもやけとか、あかぎれとか、冬に多用するものだからこの時期になるのだと思うが、なんだかんだと数時間かかってしまうので億劫でせっぱ詰まって昨日やっと重い腰を上げた。油を使う作業なのでコンロの側から離れることが出来ない。僕の様子がどう見えたのか知らないが、母親が「大学でもそんなもの作ったことがあるの?」と尋ねた。何気なく尋ねたのだろうが痛いところをついている。 確かに学生時代、生薬の時間に作ったような気がする。記憶はある。ただ、恐らく作ったのは同じ班の同級生だろう。実際に何かした記憶はなく、何か作っているのを一瞬は見た記憶があるだけだ。どうせ優秀で真面目な学生か、後輩(留年しているから同級生でもこちらが先輩)にさせて、学食で劣等生同志集まって煙草でも吸っていたのだろう。出来上がった頃教室に帰っていき大きな顔をして皮肉の一つでも言っていたのだろう。ありがとうでも言えば可愛いがまずそれは自分でも考えられない。  この程度でも薬剤師になれるのだから、まして漢方薬をかなり使う薬局をやれるのだから 、今何もかもに行き詰まっている人もそう向きになって頑張る必要はない。僕は浪人留年の2年しか遅れなかったが、もっとゆっくり青春を歩んだ人も多い。余程の才能に恵まれ寸暇を惜しまなければならないような人は別として、99%の人は、そこそこに生活するのが関の山だ。振り返っても、人生を劇的に飛躍させるような転機はなかったし、棒に振るような誘惑もなかった。所詮小さな振り子の振幅しか持っていないのだから、何かを惜しんだりしない方がいい。背丈以上のものを手に入れても所詮押しつぶされるだけだ。得るものも少ないが失うものも少ないと、どこかでつじつまは合わせてもらえるものだ。息切れしながら登っても、頭の上を飛行機で飛ばれればどうあがいても勝てないのだ。低くても懸命に咲く花や、谷を渡る鳴き声に救われる生き方もある。