人情

 岡山市の病院にかかり、処方箋はFAXで送ってくる。本人が帰宅する時間を見計らって調剤した薬を持っていってあげるのだが、居たためしがない。妻も色々考えて、時間帯をずらすのだがそれでも空振りが多い。先日はとうとう諦めて薬を置いてきた。するとさすがに悪いと思ったのか、翌日料金と処方箋を持ってやって来た。 「何時行ってもいないなぁ」と僕が冗談めいて言うと、家にいるとぼけてしまいそうだから、なるべく家から出ることにしていると答えた。「なるべくを通り越して出っぱなしではないの」とたたみかけると「そう言われたらそうじゃ」と笑っていた。最初に配達した時もいなくて、近所を捜したら近所の若い奥さんに「あの人はむちゃくちゃな薬の飲み方をするから、朝は朝の分、昼は昼の分と一つの袋に薬をまとめて入れておいてください」と、まるで嫁のようなことを頼まれた。鍵もかけずにいつも家を空けているが、1日中家を空けて話し込める、いや上がり込める家が近所に一杯なのだ。だから家族のように他人が心配してくれ、もてなしてもくれる。 「今日は畑仕事をしようと思って朝の10時に家を出たんだけど、着いたのは12時じゃったから何もせずに帰ってきて、昼から薬を取りに来た」と言うから、そんなに遠いところに畑があるのと尋ねたら「いや、すぐ見える所にあるんじゃけれど、知っとる人にいっぱい会って、その都度話し込んでいたら昼になってしもうた」まるで漫才みたいなやりとりだが、田舎の牛窓の中でももっとも人情が残っている部落の日常の風景だ。ぼくの薬局を利用してくれる人が多い地区でもある。こうした人達に長い間支えられて仕事を覚えやってこられたんだと感慨が深い。この女性だって、20年くらい前は元気だったから全部薬局の薬で病気は治していた。その後来なくなって再会したときは、多くの病気持ちの老人になっていたが、昔からの話好きだけは変わっていなかった。一人娘を、年齢差の大きい再婚男性にとられたと、当時かなり落ち込んでいたが、その話題になり、今でもその男性を恨んでいると言っていた。絶交状態らしいが、娘に替わって地域の人達が支えてくれているのだろう。近所の若い奥さんの言う、むちゃくちゃな薬の飲みようが想像できないくらい饒舌で口だけは衰えていなかったが、処方されている薬が強がっている姿を暴いている。人情が鍬を担いであぜ道ですってんころりん。