生活費

 世間の多くの人が今正に働いている時間帯に、のんびりと処方箋を持って入ってくる。一見老けているが僕よりは若い。それでも定年を迎えてもう1年近く家にいる。いずれ同じ境遇になるのは必然だから興味本位に尋ねてみた。「〇〇さん、1日中何しょん?(何して過ごしているの)?」と。すると顔をゆがめながら「何にもすることあらへん、毎日パチンコとテレビや」と、さすが関西帰りの彼は、大阪弁で独特の怠惰な雰囲気をかもしながら教えてくれた。「パチンコをしていたらお金がいくらあっても足りんじゃろう(足りないでしょう)。退職金を沢山もらったの?」と立ち入ったことが聞ける関係だ。 「そんなもん、小さな会社やから1円もあらへんわ」 「じゃあ生活費はパチンコで稼いでいるの?」 「稼げるわけあらへんわ、負けてばっかりや」 「じゃあ年金はもらっているの?」 「もらってるで、少しやけどな」 「ほんなら、パチンコなんかせずに倹約したら」 「出ていかな、家にじっとしてたら気が変になりそうやわ」 「そりゃあ、そうじゃな」 小説ではないが、こんなくだらない会話で薬局の中の時間が過ぎていく。薬局は、市民の健康に貢献するのが本来の目的だろうが、僕の薬局は、いや昔ながらの薬局は(もうほとんど残っていないが)生活全般を診る職業だ。そうでないと病気など治すことができないし、医療に貢献も出来ない。医療機関の単なる下請けなら、高度に機械化された先進技術でいい。  のんびり時間が過ぎていた頃の薬局の姿も、又来店する人たちの姿も変わった。人情が無くても営業できる、いや人情が無いほうが利益を生みやすい、全てが事務的に運んでいく生産性優先の空間になった。