勇気

「もう彰ちゃん、終わった」痛みを紛らわせるために、冗談のように言ったと思っていたが、本人には何となく分かっていたのだろう。主治医とペインクリニックの医師が、裂孔ヘルニアと肋間神経痛で意見が分かれていた頃だから、分かっていたのは当事者だけって言うことになる。結局は骨転移を起こしていたことが分かったのだが、高齢で手のうちようはない。ただ、痛みを麻薬で抑えて最期を迎えることになる。1ヶ月早く痛みの原因が分かっていても、為す術がないのは同じだから残念だとは思わないが、医師の診断がすべてだと思えないところは残念だ。  昨夜、偶然回したチャンネルで「立花 隆 がん 生と死の謎に挑む」と言う特集を見た。残念ながら途中から見たことになるのだが、色々な意味で考えさせられる内容だった。進化の過程で獲得した多くの機能が、そのままガンを転移させる機能そのものだというのだ。ガンにならないか、ヤモリのように切断された手が再生する能力を手に入れるか天秤にかけられ、人間はガンにならない方を進化の過程で獲得したというのだ。20歳前までどうしても生き延びなければ子孫を残すことが出来ない人間にとっては当然の選択だと、IPS細胞で有名な京都大学の山中先生も言っていた。だからどうしようもないと言うのが僕ら素人の結論になってしまうのだが、学者はそんな諦めなんかで終わるはずがない。解けない問題だから挑むのだろう。  番組を見終わって僕は胸をなで下ろした。と言うのは、こんなに世界の叡智を集めても分からないことだらけなのに、薬局ごときが出しゃばる分野ではないと言うことがますます視聴者に明らかになったからだ。僕は素人はもってのほかだが、薬局もこの手の病気では、分かったようなことを言わないのが賢明だと思っていた。中にはカリスマを気取った有名薬局もあるが、効果を検証できないようなものを手八丁口八丁で販売してはいけないと思っている。「マクロファージを活性化する」何百回会社の講演で聞かされた言葉だろう。免疫学を蕩々と喋る講師に洗脳され、薬局の店頭でさも分かったようなことを言って商品を売ってきた人達は「マクロファージの働きこそ転移、浸潤に欠かせない」と言う発見と過去の商売をどうつじつま合わせるのだろう。  難しい理論が苦手なこと、効果がハッキリしないことには手を出さないと言う僕の積極性の無さが自分を救ってくれた。皮肉なものだ。番組の後半は医学の話ではなく、死ぬ直前まで笑っておれる人間のすばらしさを、ある看取り専門の医師が語っていたが、死ぬまで生きる人間の力を教えてもらった。その医師が、死ぬときは本人は分かるんです。何かが違ってくるのでしょう。と言っていた。叔母はもうその時点で分かっていたのだ。まるで我が子のように幼いときから世話をしてもらった事のお礼を生きているうちに言っておかねばならないと思った。毎週会っているがそれを言う勇気はなかった。昨夜の番組がその勇気をくれた。