ドッグラン

 初めてその言葉を聞いたのは、数年前のある北海道の女性からのメールの中でだ。前後の意味から推察して勝手に想像をしていたのだが、今日初めて本物のそれを見て驚くことが多かった。ある程度は推察通りだったが、実際には多くの犬が、それも色々な犬種が楽しそうに走り回っている様は想像以上だったとも言える。(素人の目からしても雑種は1匹もいなかった。雑種なんて恥ずかしくて連れて行ける雰囲気ではなかった)犬が走ると言う直訳そのままだが、楽しそうに、仲良くと言う2つのキーワードが素人には想像できなかった。 玉野市にある深山公園にはしばしば行っていたのだが、今日は駐車場が混雑していて、空きスペースを見つけるために公園の中を1周するように動いた。いつもなら入り口近くのメインの駐車場においていたのだが、今日は第2第3を求めて移動しなければならなかった。第何に当たるのか分からないが、ある駐車場付近でやたら犬を連れている人が目の前を横断した。公園内は犬の散歩は自由だから、良くすれ違うのだが、その場所だけはやたら多かった。で、例の数年来のドッグランなる看板を見つけたのだ。妻は無類の犬好きだからそんなものを見逃すはずがない。早速車を止めてから道しるべに従った。  犬好きではない方には聞き慣れない言葉だろうから、まず施設の様子から説明する。まず僕の胸辺りの高さの柵で覆われた直径30メートルくらいの大きなスペースが2カ所隣接して作られていた。片一方には小型犬の看板がつけられ、もう一方には大型犬としてあった。公園の切符売りみたいな小さな小屋があり、そこで500円を払って中に入れてもらう。飼い主はお金を払うと大きな名札みたいなものをもらい首からかけて、犬と一緒に入る。時間制限はないらしい。  ざっとこんなものだが、驚いたことが二つある。まず、犬どうしがケンカしない。犬には敵意むき出しで幼いときから吠えられていたので、犬って言うのはお互いが会えばすぐケンカするくらいな感覚でいた。ところが全くその様な仕草はない。飼い主も柵の中に入って一緒に遊んだりベンチに腰掛けて見ているが、鎖を解かれて自由になった犬どうしが全くケンカしない。それどころか一緒に遊んでいる。犬種や大きさは関係ないが如く。  もう一つ、帰ろうとしていたときに、まるで象かというような大きな犬を母親らしき人と若い女性が連れてきた。牛のようだという表現はしばしば使われると思うが、僕の脳裏に浮かんだ言葉は象だった。振り返ればそこにいたって状況だったから、余計大きさが強調されたのかも知れない。通りすがりの人がほとんど足を止め、何人かの人が犬種を尋ねた。その名前は覚えられそうになかったから、カナダ産と言うことだけをしっかりと記憶した。入場料を買いに行った母親を待つ間、お嬢さんは犬に乗るようにして押さえていた。僕を含めて恐らく多くの素人は、その犬が柵の中に入ってどうなるのかを見たかったのだと思う。多くの人が柵の所に集まってきた。ゆっくりと門が開けられ入っていこうとするが、すでに門の所には精悍なシェパードが近づいてきて、金網越しに対面していた。さっきまで一番大きく見えていたシェパードでさえ小型犬のように見える。さて、柵の中に入るとゆっくりとした足取りで飼い主の後を歩く。すると沢山の犬たちが集まってきて代わる代わる顔やお尻を臭う。何の仕草か僕は分からないが、超接近しても敵意は全くどちらにも生じないみたいだ。と言うより、より小さな犬たちにも不思議と恐怖心も起こらないように見えた。見方によれば、無邪気に大人にまつわりつく人間の子供のように見えた。 象犬は他の犬の存在は余り気にならないみたいで、悠々とスペースの中を回遊していた。まるで陸に上がったジンベイザメのような堂々とした振る舞いだった。  そのカナダ産の犬の値段をストレートに尋ねるのも品がないと思ったので、この犬普通車より高いのではないのと尋ねたら、それまでは質問に答えてくれていたのに答えがなかった。さっきまで柵の中や、柵を挟んで数万円から数十万円の値段が飛び交う会話を聞いていたので、かなり高く見積もったのだが、ベンツと言わずに普通車と例えたのがまずかったのか、それとも僕の雑種のような姿形がまずかったのか。何せ血統書付きで生まれてこなかったので、今更ごまかせない。  犬ほども大切にされない人々にとって辛い冬が来る。