脱水症状

 「ちょっと座らせてもらってもいい?」と言って、母はその場にしゃがみ込んだ。昼過ぎにやってきてから休憩をとらずに4時間くらい雑用をこなしてくれていた。その日に限って全員が忙しく、3時の休憩もなかった。僕も今日はコーヒーもなしなんだと思いながら仕事をしていた。 階段の上がり口に寄り添うように身体を預けそのまま動かなかった。なんとか口は利けるのでいつから調子悪くなったと尋ねると「今」と答えた。僕はその答えで恐らく脱水症状だと思って、商品の経口保水液を飲めるだけ飲むように言った。力を振り絞って母は少しずつ口に含み飲み込んだ。次第に飲める量が増えていった。結局は、300ccくらいは飲んだろうか。次第に体調を回復し15分くらいたてば元気になって自分で歩き始めた。念のため大事をとって早く帰っていったが、その後夕食も食べ皆既日食のテレビをずっと見ていた。  僕も数年前同じ経験をしたことがある。真夏のバレーボールは極端な言い方をすると、ワンプレー毎に水分を補給しないといけないくらい汗をかく。水分補給とタオルでの汗拭きを交互にする。僕はアタッカーだったのでネットにタオルを掛け支柱の傍にペットボトルをおいていた。どちらも田舎の体育館では必需品なのだ。  その日僕はある会合でビールを飲んだ。その後体育館に行きバレーを始めたのだが、ある瞬間を境に身体が異変を起こしたことに気がついた。医学用語で脱水症状を説明している言葉では表現できない異常さだった。強いて言うなら、動悸、息苦しさ、倒れそう、頭が悪いなどの異常感が一瞬にして押し寄せたって感じだ。恐らく1秒の差で、さっきまでの元気がなくなって、身体が狂った状態になった。やっとの事で水道があるところまで行って、水をがぶ飲みした。その日に限ってペットボトルを忘れていたのだ。普段ならそれでも1セットくらい水無しでも我慢すれば持つのだが、ビールを飲んでいた分利尿作用が働いて、水分の蓄えが少なかったのだと思う。それで一気に脱水症状まで行ってしまったのだ。 この1秒の差をその時に体感していたので、今回母の不調の原因をすぐに思いついた。 その日がかなり蒸し暑かったことも常に感じていたし、今日はお茶の時間がないのも頭にあったから、総合的に思いついたのだと思うが幸運だった。その10数分の不快だけですんで良かった。働き者の母は昨日今日とペットボトル持参で働きに来ている。いくら説明しても「そんなに喉は渇かない」と言って水分補給の大切さを理解しづらいみたいだが、有無も言わさず飲んでもらうしか仕方がない。  押さえれば水が噴き出してきそうな若者と違って、中年以降は保水能力は格段に低い。みずみずしさを失うのは心ばかりではなく、肉体も同じだ。かさかさの肌、かさかさの心、かさかさの人間関係。水に流そうにも水がないのだから救いようがない。