水彩画

 本来ならこの時間帯は仕事中のはずなので、どうしたのかなと思っていたらこの春で定年になったらしい。だから昼前に薬を取りに来れたのだ。ただ、ついこの前まで働いていた職場の制服姿で来るから、こちらには分からない。彼は何時の頃からか薬局にしばしば薬を取りに来るようになって、そう言った意味では常連さんだ。頭痛持ちで潰瘍持ちで、たまに風邪をひくくらいだった。あるトラブルが治らないからおかしいと思って病院に行ったら癌だった。放射線治療を受け、17kg痩せたが、現在10kgもちなおした。これで歩けるようになったし車も運転できるから、やっとパチンコにいけるようになったと喜んでいた。仕事をしていた頃はさすがに終業後しか行っていなかったが、今はどの時間帯でも行けて、空いている時間帯に打てるから良いよと言っていた。僕らから上の世代は娯楽と言えばパチンコの人が多くて、彼も又それが全てのような人だ。未だ経過観察中だが、パチンコに行けるようになれば彼にとっては回復なのだ。養生のために家にいても仕方がない。命がけとは言わないが、少しの不快な後遺症くらいは薬よりパチンコの方が効く。嫁さんと別れ、自由に暮らしている人の気楽さは傍から見ていると強さにも見えてくる。失うものがない人は強い。そんなに大したものも持っていないのに、人並みな夢を持ち、人並みに手に入れている人は失うことを恐れて臆病だ。人並み程度で臆病になるのだから、人もうらやむようなものを持っている人にとっては、死は恐怖で仕方ないのではないか。全てを失ってしまうのだから。  ひょうひょうと生きて、真面目な会話もせず、斜に構え、おんぼろの軽自動車にのってパチンコ屋に行く前に薬局に寄るなんて、ほとんど水彩画の世界の生き方で、ギラギラとした熱情で燃えるような色彩の生き方より遙かに小気味よい。